■かくれんぼ■




 意気揚々と階段を下り始める。しかし、数段のところでフィルに止められてしまった。
「待って下さい。まだ話は終わってませんよ、王様」
「え?」
 疑問符を大量に浮かべて振り向いた。そんなゼシルに構わず相変わらずの微笑を以ってしてフィルは続ける。
「次はあなたが聞く番ですよ。私との約束、お忘れですか」
 燭台を持って立ち上がったせいで光がレンズに反射して彼の表情が読めなくなる。意味がわからず突っ立っていると、一歩近づいてきて、
「お忘れのようですね。あれほど忘れないで下さいと念を押したのに」
 明らかにわざとなため息なんかをついて天井を仰ぐ。ゼシルの疑問符はさらに増える一方だ。
「今一度繰り返し申し上げましょう。いいですか、『今日の日没までに、溜めに溜めている書類全てに目を通して印を押した上で、私に提出して下さい』」
「えっと……」
 疑問符が弾けとんだ。
 昼の会議の時の話だ、確か。今までずっと放置していた書類の山をとにかく今日中にどうにかするように言われたような記憶がある。確認されなければ思い出せないような奥の方へ押しやっていた。つまり完全に忘れていた。
「続きがありましたね。『もし万が一提出できなかったら――』」
「……フィルの言うことを何でも一つ聞くこと……」
 恐る恐る上目遣いでフィルの顔色を窺いながら言ってみた。満面の笑みを返された。後に見えるあの黒いオーラは一体何だろうか。
「覚えてらっしゃいましたか。それで、書類は?」
 無言で首を横に振るしかない。状況がやば過ぎて笑えてきた。
 会議後すぐに部屋に篭ってトランプピラミッドに挑戦し、それからこのかくれんぼが始まって今に至るのだから、そんなものを片付けている暇などない。あるわけがない。
 フィルは非常に残念そうな顔で「そうですか」と呟いて俯いて、しかし瞬時に待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべてスピリアの方を向いた。
「では、スピリア。私は正直言って個人的に王様にやって欲しいことが現在ないので、"王様支配権"はあなたに差し上げます」
「はっ?」なぜそういう話になるんだ。
 唐突に話を振られたスピリアはきょとんとしたままフィルを凝視している。
「ま、書類を片付けろと言うのは簡単ですが、そうすると私も付き合わなければなりませんので、それはまた別の時に致します。はっきり言って大した書類じゃないですし」
 嫌な感じがした。肌に突き刺さるような視線を受けてそちらを見やると、スピリアがこれ以上ないくらいの輝いた目でこちらを見ていた。
「じゃあ、ゼシルちゃんは私の言うこと何でも一つ聞いてくれるの?」
「そういうことですね。ファッションショーでもかくれんぼでもお好きにどうぞ」
「きゃあああぁぁぁっ!」
 スピリアが走り出した。喜びの雄叫びを上げてゼシルの手を引っ掴み階段を駆け下りて いく。これは真っ直ぐに衣装室に向かうつもりだろう。振り返るとフィルが一人楽しそうに無言で笑っていた。
 夕食……――。



 
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