■かくれんぼ■ 6 「うぇっ、うぇっ――ゼシルちゃんのバカぁ」 「バカって言うな。泣くほどのことでもないでしょうにもー」 勝負はゼシルの勝ちで、ファッションショーはルール通り中止になった。今は螺旋階段の最上段に座って、結局泣き出したスピリアを慰めている。唯一の光源である壁に掛けられた燭台が、昼と夜の間の静けさを際立たせていた。スピリアの嗚咽がロウソクの火を揺らし、静寂の空気の中へ溶け消えていく。 「そろそろ夕食だから下行かない?」 「いや。まだここにいるもん」 「嫌って言ったって……」 かくれんぼで負けて駄々をこねる十六歳。それを前に途方に暮れる十七歳。 一年前の自分ってこんなだっけ。いやいや、一年でそこまで大きくは変わらないはずだから、じゃああれだ。スピリアは年齢を誤魔化しているんだ。本当はもっと年下なんだ。うん。 乾いた笑みを浮かべて無言で立ち上がった。とにかく階段を下りなければ。やはり少し肌寒いし、夕食に遅れた場合のウィグナーの沈黙が怖い。 スピリアの手を引っ張った。てこでも動こうとしない彼女にため息をついて、 「スピリアーぁ」 「嫌だもん」ぷいとそっぽを向かれた。「ゼシルちゃんが悪いんだもん。あんなところに隠れてるから悪いんだもん。見つけらんないに決まってるもん。ゼシルちゃんのせいで顔ぶったし」 膝を抱えて頭を振りイヤイヤを繰り返す。 あまりにも理不尽な言葉にゼシルは数回瞬きを繰り返した後ではあと言った。 「かくれんぼなんだから見つからない場所に隠れるのは当然だし、顔ぶったのはただ単にスピリアが勝手に転んだせいでしょうが」 「……違うもん」どの辺りがどう違うのか懇切丁寧に教えて頂きたい。 こめかみに手をやりどうしようかと途方に暮れた。ファッションショー開催とはまた違った頭痛がしてきた。こういう時はどうするんだっけか。前にも似たようなことがあった気が……。 聴覚の端っこに何かの音が引っかかって、ついとそちらに目をやる。階下から誰かが上ってくる足音。ロウソクを持っているのか、次第に大きくなる赤い円が壁を染めている。 「ああ、やはりここにいましたか」 足音の主が姿を現した。眼鏡が炎を反射して薄く光る。 人物を認識すると共にゼシルは声を上げて階段を二段ほど飛び降り、彼の元に歩み寄った。 「フィル! わー、何て良いところにっ」 思わず手を叩いて喜んでしまった。というのも、現状を打破できるのは彼だけだと思い当たったからだ。秋の属性を持つフィルは春夏秋冬(プラス王)の中では最年長で、自然と皆のリーダー役兼保護者役を担っていた。 ここでフィルにがつんと言ってもらえれば、いくらスピリアでも意地を張り通すことは 難しいだろう。 「フィルちゃあぁん」 スピリアが涙やら何やらでぐしゃぐしゃになった顔を上げて情けない声でフィルを呼ぶ。そんな彼女を見て彼は困ったような笑い顔を浮かべた。 「スピリアの様子からして、どうやら王様の勝ちのようですね」 「当たり。なんだ、かくれんぼのこと知ってたんだ」 「ええ、勝負中に鬼のスピリアにちょっと会いまして」 「なるほどね。でもスピリア、負けを認めたくないってさっきからずっとこの調子」 目で訴えてみた。とにかく何か言ってやれと訴えてみた。それに気づいたのかただの気まぐれなのか、宮廷楽師は数秒間斜め上方に視線を彷徨わせてから膝を折ってしゃがみ込んだ。足元にロウソクを燭台を置き、再び俯いていたスピリアと目を合わせたところで彼女の頭に手を置いて、宥めるようにその蜂蜜色の髪をくしゃとやった。 「さて、スピリア。少し私の話を聞いて頂けますか」 「……うん」 いつも通りの丁寧な物腰でフィルが言葉を紡ぐ。スピリアは聞きながら手の甲で目元をぐしぐし拭った。 「先程の話によれば、あなたは王様と罰ゲーム付きかくれんぼをした、と」 「うん」 「結果、あなたは負けてしまった。これは揺ぎない事実ですね」 「へぅ……っ」 裏返った声で返事をしたスピリアは肩で息をしてまた溢れてきた涙を払って頷いた。 「では、最初に決めたルールを思い出して下さい。あなたが負けた場合、罰ゲームはどうなりますか」 「――わたっ、しが、ま……。まけ、負けた場合は、ゼシルちゃんはドレス着なく、良いっの」 「ですね。ならばそれに従わなくては。そうですよね、王様」 「うん。そうだね」 スピリアの後ろに立って二人の話を聞いていたが、ようやく収拾がついて一安心した。これにて一件落着だ。 |