■稽古■ 1 赤銅色の髪を一つに縛り、ゼシルは中庭の木の下で息を弾ませていた。傍らには刃渡り三十センチほどの木製短剣が二本投げ出されている。 今日は週に二回の剣術稽古の日だ。渋るサリタに自分の身くらい自分で守らせろと言って、半ば無理やり指導をやらせている。きっかけは忘れた。多分大したことではなかったのだろう。 「まだへばってんですか。ゼシル様、そろそろ続きやりますよ」 木の後ろから顔を覗かせた近衛兵を見やって、ゼシルは無言で腰を上げた。短剣を片手で拾い日陰から出る。 「体力ないのなー。剣術はもうかなりの腕前なんだから、次は持久力鍛えたらどうです? というか、なんで剣術の向上と一緒にそういうものも鍛えられないんですかね」 「知らないよ」 サリタの率直な言葉がざくざく刺さる。真夏の日差しが眩しくて目を細めて、その目つきのまま彼の顔を仰いだらきっと見事な顰め面になっているだろうと思う。実際やってみたら肩を竦められた。ため息をつき、手で首元に風を送りながら、 「まあ、自分でも確かにそう思うよ。でもさ、持久力鍛える時にやるのって、例えば」 「マラソンとか。長く続けて行えるのが良いんじゃないかと」 得物の長剣を鞘ごと持って素振りをしつつ、何でもないことのようにさらりと答えてくれる。返答に不満足なゼシルはさらに眉間に皺を刻んだ。 「そういうさ、淡々と繰り返さなきゃいけないわりに成果がすぐ出ないのはつまらない。もっとこう……剣術の鍛錬としてやれて尚且つ一朝一夕に持久力を養えるのはないのかな」 「何都合の良いことばっかり並べてるんですか」 口を尖らせて不貞腐れてやると、彼は呆れ顔で腕を組んだ。 「ま、このことは追々考えていくことにしましょう。始めますよ」 始めるの言葉に背筋を正し、サリタから八歩ほど離れた位置に移動した。短剣を左右の手に一本ずつ握り締めて、深く息を吸って少し吐いて止める。 日差しは依然として強い。構えているだけでも汗がじわりと額に滲む。 「……いいよ」 独り言のように呟く。直後、淡黄の短髪が残像を残して横にずれたのが瞬秒見えた。背後と頭上からモノの気配が迫る。条件反射で低い姿勢のまま前に跳んだ。 着地の際に体を捻ってサリタの方を向く。目の前に鋭い突きが展開されるがそれは首を傾けることで頬を掠める程度に止め、刹那の隙を利用して地面を蹴って全身で相手の懐に突っ込みそのまま心臓部分へと短剣を突き立てた。 全てが止まる。思い出したように風が二人を取り巻いた。 「――勝ちぃ」 にやりと笑って顔を上げると、それなりに痛そうな、しかし"師"としては嬉しそうな表情でサリタが見下ろしていた。 「ちょっと甘いですけど、七十点くらいあげます。前に跳ばずに横へ跳んでいれば振り向く手間を僅かにでも減らせたのに残念でしたねー」 「なるほどね。んー、咄嗟の判断がまだ難しいな」 体を離しながら答える。サリタは指された辺りを服ごと掴んで擦っていた。少し心配になって「大丈夫?」尋ねると、 「ああ、はい。大したことないです」 へらりと澄ました顔で言う。 「ただ」 「ただ?」 続く言葉に首を傾げると、目を細めて子供みたいな笑顔を浮かべて、 「ゼシル様の、オレに対する日頃の恨み辛みが垣間見えた気がしましたけど」 「シツレイな」 むくれる王を見て、近衛兵はさらに楽しそうに笑った。 |