■見合い話T■ 1 ……誰かの声が遠くに聞こえた。自分を呼ぶ声。眠りの淵からやんわりと引き上げられたは良いがすぐには覚醒できず、ふっと焦点の合わない紫の瞳が揺れた。 起きて。起きて。朝だよゼシルちゃん。 「んー、……すぴりゃぁ?」 「もうっ、ゼシルちゃんのネボスケー!」 静けさに満ちていた室内の空気が見事にぶち壊された。ベッドの上に飛び乗るスピリアを避ける手段はなく(悲鳴を上げる余裕すらなく)ゼシルは潰れた。前にも同じようなことがあった気がする。どうやら自分はスピリアに潰される運命にあるらしい。 「ネボスケ! このネボスケ! 今何時だと思ってんの!」 俯せに寝ていたゼシルの肩甲骨が容赦なく殴られる。おかげですっかり目が覚めた。適当な返事で彼女をあしらいつつ、手を伸ばして目覚時計を取った。午前八時四十五分。なんだ、大した寝坊じゃないじゃないか。 「――もう一眠り……」 「駄目ーっ!」 ぽすんと頭を枕に落として目を閉じたら後頭部に相当痛い打撃が降ってきた。思わず頭を抱えて悶絶するゼシルにスピリアは言う。 「今日は忙しいんだよ、ゼシルちゃん忘れちゃったの?」 「いそがしい?」涙声で問う。忘れたも何もなかった。今日特別に用事があるとかないとか、そんなことは一言も聞いていない。 肩越しにスピリアを見やると彼女は何でもないことのように、 「明日からゼシルちゃんのお見合いでしょ。今日はその準備!」と言った。 ……は? 普段通りの部屋で昼の会議は始まった。普段通りでなかったのは開始時刻と参加者だった。昼の会議のはずなのに午前の十時から始まった。参加者は自分と大臣と物好きな(本人曰く趣味のようだが)フィルだけのはずなのに、なぜかスピリアやらサリタやらウィグナーやらが加わっている。 「一日目、二日目、三日目と料理は殿方の好みに合わせるべきですな。料理長殿、いかがかな?」 「あぁ、問題ない。王の好き嫌いをどうにかできるなら」 「私はゼシルちゃんの衣装係ね。うん、任せといて!」 「俺は二人の邪魔にならない範囲で護衛します。あ、近衛隊長直々の方が良いですかね? 格好がついて」 「いや、それで良いだろう。オレは城全体の警備を取り仕切る。ゼシル王の護衛はお前に任せた」 「わかりました」 「私はお見合いを行うに当たっての司会などをさせて頂きます。必要とあらばBGMも考えますよ。どうです、王様?」 「はぁ。いや、……はぁ?」 全く話が見えない。 はっきりわかるのは当人の知らないところでお見合い話なる厄介事が着々と進んでいるらしいことだけだ。相手が誰かとかゼシル自身にはやる気がないとかそういった最重要事項は一切合切放置されている。 疑問と気怠さの混じった気分が顔に出てしまったのか、気付いたフィルが椅子から立ってこちらに来た。 「王様、実は現在お暇ですね」 「うん、実は暇。わけわかんないし」偽る必要もないので正直に答えると、 「やはりね。ではとりあえずこちらをご覧になっていて下さい。段取り云々は私達で決めておきますから」 フィルは持っていた二つ折りの厚紙を三枚ゼシルに手渡し、席に戻っていった。 |