■見合い話T■ 2 不思議に思いつつ厚紙のうちの一つを開く。中には簡単なプロフィールの書かれた紙と男の写真が挟まれていた。……見合い相手という奴か。いずれもどこかの国の王だった。自分のことは棚に上げて、まだ若いのにご苦労様だなあと無責任なことを思ってしまう。 無意識にしかめ面になった。そのままの顔で三枚の写真を机上に並べ、隣にはそれぞれのプロフィールを置く。見比べていたらまた溜め息が出た。妙な奴らとお見合いするはめになったものだ。 まず一人目はリーク・ザランズ・フルデラニア、一つ年下の者。フルデラニアという国名は知っている。確か貿易の盛んな臨海国で、歴史ある町並みが観光客に最近ウケているとか。ゼシルの国とも交易しているはずだ。あの国から輸入される魚介類は他とは違う全く違う全然違うと年配の料理人が熱く語っているのを聞いたことがある。肝心の王はというと写真を見る限りでは気障っぽい感じで、まあ外見はそこそこでスピリア辺りがきゃあきゃあ騒ぎそうな感じではあるが、少なくともゼシルの好みではない。 次の写真には、大きな猫の縫いぐるみを抱き締めてこれまた大きなケーキを前に満面の笑みをたたえる童顔の男が収まっていた。クリル・トワル・マジェンサール。年は……書かれていない。年齢不詳で見合い相手立候補とはまた度胸があると言うか常識知らずと言うか。趣味は三度のおやつ、好きな食べ物は甘い物ときた。見た目も淡茶の髪とぱちっとした青い目で砂糖細工のお菓子みたいな風貌をしている。これで年上だったら世の中終わりかもしれないなどと不吉なことを考えてしまった。国は山の方に位置する、鉱山産出物で栄える所だった。筋骨逞しい男や陽気な女が大勢いるという。国王からは想像もつかない。 最後の一人は同い年のナフト・リュオンテッド・トラバード、趣味は読書と音楽鑑賞と乗馬。黒髪に濃い緑の目を持ち、写真の枠の中で柔和そうな笑みを浮かべている。彼の国は平野にあって、肥えた土地と豊かな水を利用した畑作で財政を支えている。最近王位継承の儀があって、ゼシルも賓客として呼ばれてはいたもののちょうど体調を崩していたため(何のことはない、食べ過ぎに因るただの腹痛だった)、なぜかやたらと行きたがったフィルを代理人にした。たくさんの土産を引っ提げて帰って来たは良いが、ゼシルは満足に食べさせてもらえなかった。果物とかすごくおいしそうだったのに。見合いの席で持って来てくれたら多少態度を改めようと思う。他の二人よりは普通そうだし。 全ての写真とプロフィールに目を通してから高い天井を仰いだ。どう転んでも付き合うだの結婚だのには発展しないことだけはゼシルの中で確定している。それでもこの三人と一日ずつ、計三日かけて見合いせねばならないかと思うと頭が痛い。そうかと言って事の直前になって断りの言葉を送りつけるのはさすがにためらわれた。下手に怒らせると国際問題に発展する恐れがないわけではない。この三人に限って心配はなさそうだが一応面目というものもある。 しかししかし、断るに当たってのそもそもの障害はこの城の者にあるのではないかと思う。何でこんなにやる気が無駄に満ち溢れているんだ。なぜ会議はここまで白熱しているんだ。暇すぎだみんな。 「一日目のリーク様とは南庭園でお食事を――」 「ナフト様と乗馬をなされては――」 「クリル様にはやはりケーキなどのご用意を――」 会議の内容を意識の端っこで頭に入れながら机に突っ伏した。 まだ午前だというのに窓の外は暗い。今は梅雨時なのだ。大量の水分を含んだ黒い雲が重たげな気配で空に立ち込めている。昼過ぎには降り始めるかもしれない。ということは明日の南庭園はどろどろのぐちゃぐちゃになっている。いくら立派な庭園でもぬかるんだ小道を一国の王に歩かせるのは憚られよう。よって食事会は中止だよしよし。 二人きりにさせられて嫌々ながらに相手と花に囲まれて食事をして何を話せと言うのだ。無理。本気で無理。「王様、いかがですか」 ふと気がつくとフィルが背後に立っていた。意味深な光を湛えた目でこちらを見下ろす。他の者はまだ話し合いに熱中している。 「どうも何もないよ。仮病使っても良い? 相手には観光か何か適当にさせて帰すとか」 「駄目ですよ。もうやると決まっているのですから。サボりたいなら仮病なんて姑息な真似しないで本当の病気になれば良いのです」 実に楽しそうにそんなことを言ってくれる。苦笑いしながらもこの見合い話を企画したのはフィルではないかと疑い始めていた。トラバード国へあんなに行きたがったのはこの見合い話を進めるための口実……なんて考え過ぎだろうか。 「今日はのんびりしていて下さいね。明日から三日間大変でしょうから」 「……もう気が滅入ってきた」写真とプロフィールを脇に押しやって机に突っ伏した。ゆるゆると長い息を吐いて目だけをフィルに向けた。 「何でお見合いとかやらなきゃなんないのさ。自分はやる気ないんだから意味ないし、まあ相手は知らないけど」 「殿方は喜んでましたよ。お見合いしませんかって申し上げたらすぐに飛び付いてきました」 笑みを浮かべたままフィルは言った。ああやっぱりなとゼシルが半眼になっても、その微笑みは崩れない。 「勝手に変なことするなよもー」 「変なこととは何ですか、変なこととは。もちろん王様は我が国の大切な王様ですから、ただでお見合いをして頂くわけではありませんよ」 「条件に何突き付けたんだフィル……」 顔を上げた。フィルのことだからまた妙な条件を無理やり飲ませたのではなかろうか。いやいや、妙な条件に食いついた方が悪いのか。 フィルは肩をすくめてみせた。 「あちらが了承して下さったのだから条件の話はこの際どうでも。大丈夫、この国の多大な利益に貢献する内容でしたし、少なくとも大臣方には許可を頂きました。王様に内緒で事を進めたのはアレです、驚かせた方が主催者側として非常に楽しいからです」 ……王という地位がよくわからなくなってきた。 |