■音楽の夜■ 1 先程から窓がうるさい。かたかたかたかたと鳴り止む素振りを全く見せず、いつまでも宵の風に吹かれて音を立て続けている。カーテンを閉めたところであまり変わりはなかった。いや、少しくらいは効果ありか。どちらにせよ耳に障る。 かれこれ二時間近くの間、ゼシルは宮廷楽師のフィルと共に彼の自室兼音楽研究室に篭っていた。机上に広げられた紙に書いてある音符を目で追い、頭の中で音として再生する。ゼシルの音感は中の上の下くらいだから、今再生中の曲が果たして実際のものと合っているのか実に微妙なところだ。まあゼシルがチェックしているのは音の運びよりもどちらかというとリズムの良し悪しだからあまり関係がない。 この曲はフィルが書いたものだ。秋の月の頭に行われる祭りでフィル自らが演奏する。春夏秋冬の属性を持つ四人は、それぞれの季節の月始めに一回ずつ開催される祭りで各々の特技を披露するという義務がある(ゼシルの祖父が王だった時にはすでにあった習慣らしい)。春のスピリアは歌を。夏のサリタは剣術を。秋のフィルは楽曲を。冬のウィグナーは氷の彫刻を。 今の季節は夏の終わりで、昼間はまだ残暑が続いている。しかし、朝夕ともなればひんやりとした空気を肌に感じることができた。空は高くなり、庭の草陰に潜む虫たちの合唱も日に日に賑やかになってきている。 木々は色づき日は和らぎ、春とはまた違った過ごしやすさだ。どの季節がどうのと言うと無言で怒ったり寂しそうな目をしたりするので、内心で思うだけに止めている。 「作業は順調ですか」 ふと顔を上げると、フィルがゼシルの背後から楽譜を覗き込んでいた。 基本的に室内で生活しているせいか、男性にしては色白で柔和な雰囲気を醸し出している。それでいて四季内最年長の威厳を持つ彼ははっきり言ってゼシルの親同然の存在だった。 フィルの母方の祖父は元宮廷楽師で、その娘、つまりフィルの母親も同じく。宮廷楽師はその音楽的能力が選抜の決め手となるのだが、フィルの家系で代々受け継がれていると言っても過言ではない。きっと元々そういう血筋なのだ。フィルの場合は秋の属性を併せ持っていたから城に来て、そこで音楽的能力を買われて宮廷楽師になったのだった。彼のことだから他の誰かが秋の属性を持って城に来ても、別口で宮廷楽師になっただろうが。 ゼシルの肩越しに身を乗り出すものだから、後ろで一つに括られた黒の長い髪がさらりと頬に触れる。悔しいくらいに綺麗な髪だ。何か裏技でもあるのか。 「王様?」 手で引っ張ったら怪訝そうな声が降ってきた。別にと答えて潔く離す。またの機会に聞いてみよう。何だったら浴室に忍び込んでシャンプーとか何使ってるのか調査するのも面白い。 |