■ダンデライオン■




 乾燥したサバンナの風に鬣を靡かせながら、一匹のライオンが、草原と岩山とを繋ぐ一つの吊り橋を渡っていた。
 乾期の今は、強い太陽の日差しに草も萎びている。世界が黄色に染まっている。草食動物たちは瑞々しい草木を求めて移動を続ける。それを追って、肉食動物も移動を続ける。乾いた風は乾いた砂を運び、乾いた土色のライオンを、さらに乾いた土色に染めていく。
 ライオンが百獣の王だなどと、いったいどこの誰が決めつけたのだろうか。全てのライオンが、同じように、堂々たる気迫で獲物を睨みつけ、畏怖させ、地に倒れ伏せることができるわけがない。中には、他の肉食動物が倒した獲物を横取りする卑怯者もいる。食べ残しを恐る恐る齧る臆病者もいる。そして、死肉のみを食べ、基本的には草食動物とも波風立てない生活をしたいと望む寂しがり屋もいる。……その良い例が、ここに。
 寂しがり屋のライオンは、サバンナではひどく嫌われた。百獣の王というレッテルに酔い、無意味に自分を誇る同輩たちはもちろんのこと、追われる立場にあるはずの草食動物たちでさえ、意気地のない寂しがり屋を遠巻きに指差し囁き合った。
 弱虫。
 そうしてライオンはサバンナのみんなに嫌われた。鋭い視線に追い立てられるようにして、彼は岩山に向かっていた。風が強く、食べ物もなく、水もすぐに流れてしまうから、岩山には誰も住んでいない。

 岩山には誰も住んでいない。そう、言われていた。

 吊り橋を渡り切ったところに、住人が一人いた。乾燥した黄色の土とは違う、暗い色の岩の割れ目から、静かに顔を出していた。寂しがり屋は驚いた。
 そいつは、いつか水たまりで見た自分の姿――ライオンによく似ていた。
「怖くないのか」思わず声を掛けていた。ここ数ヶ月、仲間も他の動物も、こんなに自分の近くにいてくれたことはなかった。ましてやこんな、似ているとはいえライオンよりずっとずっと小さな住人が、怖がらずにいてくれるとは思えなかった。
「逃げないで、くれるのか」
 乾いた風に乾いた喉からは、掠れた小さな声しか出なかったけれど、そいつは、乾いた風に乗って、小さく、頷いた。




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