■Summer And Cats■




 ひゅるーるるる。ひゅるーるるる。
 間の抜けた笛を吹くような鳴き声を出しながら、堂々とした入道雲の上を二羽の鳶が輪を描く。互いに寄ったりすぐに離れたり。息が合っているようで合っていないようで。
 飽きもせずに目で追っていたら、そのうち視界に入らないどこかへ行ってしまった。
 郵便配達は一日に一度。隣の民家までは歩いてニ、三分強。家の背後には鬱蒼と茂る雑木林。辺りには豊かな水田が広がっている。昼間は鳶、夜は虫の声がそれぞれ聞こえて、コトが想像していた"田舎の静けさ"とはまるで違っていた。むしろ都会よりも騒々しいんじゃないだろうか。
 夏休みの数日間を利用して、コトは祖父母の家を訪ねていた。両親は家で留守番だ。一人旅を味わいたいというコトの言い分と、久しぶりに夫婦水入らずでのんびりしましょうという両親の言い分が見事に一致したのだった。
 コト一人を家に残すのはいろいろと心配なので、逆に祖父母の家へ置けば問題ないと両親は言っていた。何が心配なのかさっぱりわからないが、コトとしては単身電車に乗って単身非日常の世界へ行けるのならば口実は何でも良かった。
 祖父母は二人とも優しくて親切だから、むしろ彼らの元へ行けるのは一人旅という楽しみ以上の喜びがあった。
 祖父母はなかなかの田舎に住んでいて、コトが暮らす街からはだいぶ距離がある。だからめったに会うことはない。今回会うのは正月ぶりだ。
 週末に一度父親が電話を掛けているようだが、コト自身が祖父母と話をすることは直接会う以外にあまりなかった。
 滞在期間は一週間の予定。今日はその五日目だ。
 最近の日課は、縁側で空を眺めながらのんびり考え事をすること。
 年季が入って味が出ている木の床はひんやりとして心地よい。吹き抜ける風は爽やかで、真夏だとは思えないほどだ。
 両手を体の後ろの方について体重をそちらにかけ、足を前後に揺らしながらどうでもいいことをつらつらと頭の中に並べていく。
 じっくりと悩むのではなく、ああだのこうだのと適当な回答を思いついては問題に当てはめて、それが微妙に矛盾していたり非常識なことだったりすると回りに人がいないのをいいことに忍び笑いをもらす。
 自宅では想像もつかない一人遊びだった。なかなか楽しい。
 祖父母はそれぞれ水田の方の仕事が忙しいらしく、朝昼晩の食事と夜の語らいの時くらいしか会えない。
 しかし、彼らはその短い時間の中でのコトとの会話を楽しみにしていたし、コトにもそれがわかって彼女自身も楽しみにしていたので、今日は何を話そうかなどということも考え事の一つに入っていた。
 祖父母の家に来てから二日目にこの一人遊びは思いついた。
 三日目になって、実は一人遊びではない事に気がついた。観客がいた。今日も来ている。顔は空に向けたままで、目線だけをそっと下にずらした。
 じいっとこちらを凝視するその目は薄い茶色。瞳孔は真夏の強い日差しの中でかなり細くなっていた。
 ぴんと立てられた三角耳がコトの方に向けられたまま固定されていて、たまに他の何かに気を取られたように明後日の方向を向く。
 太陽の熱を含んでだいぶ熱くなっているであろう地面に、べったり腰を下ろしている。熱くないのか。本人に聞いてみても言葉は通じそうにない。
 どこかの家の飼い猫だろうか。それとも野良猫か。一匹の三毛猫がコトを見つめていた。
 一昨日は草の影からこっそりと。
 昨日は草の前に座り込み、今日はさらに大胆になって縁側の淵に前足を片方掛けて座っていた。器用なものだ。
 ぶらぶらさせているコトの足をたまに見て、たまに手を出そうとして引っ込める。その仕草はなかなか可愛らしかった。
 けれど、何をしにここに来ているのかがわからない。別にコトは食べ物を与えたわけでもなく、祖父母が飼い慣らしたわけでもないのに。
「ミイケ、いい加減なんとか言ってよ」
 名前とも言えない名前を付けて、コトはついにその猫――ミイケに話しかけた。
 祖父が近所からもらってきたという夏みかんの皮を剥きつつ、ぴくんと動いた三角耳を凝視する。
 彼女(三毛猫は雌しかいないらしいことを前に聞いたことがある)が話せないのは百も承知だが、そろそろここにいる意味を知りたくもなってくる。
 コトに何かして欲しいのか。
 それともただ単にコトを観察しているだけなのか。
 もしくは猫はやはり気まぐれでその辺に座って時間を送ることがあるのだろうか。理由なんてないのかもしれない。
「みやあ」
 やはりというかなんというか、ミイケはそう鳴いてから首筋を後足で掻き始めた。全く答えになっていない。
「もう。何かして欲しいの。それとも見てるだけなの。からかってるの監視してるの遊んで欲しいの――」
 ミイケが再び動いた。
 もう一度あの鼻詰まりで鳴くような声を出した後、おもむろに立ち上がって塀に向かい、全身をばねのように使って飛び乗った。
 ぽかんとしたままでいるコトにちらりと目線を送ってから、マイペースな足取りですったすった歩いていく。
 まだ半分以上残っていた夏みかんを持って、反射的に立ちあがった。
 好奇心が芽を出した。



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