■描く夕日の色■




 車から降りると、少女は全速力で公園内に入っていった。放っておくわけにもいかず、勇輔は小走りに彼女の後を追う。
 オレンジ色の遊具で遊ぶ子供は、一人もいなかった。夕日が眩しい。勇輔は手でひさしを作りながら、少女の姿を探した。
「あー、いたいた」
 ほどなくして、オレンジ色のベンチに座り、一心に色を塗り続ける彼女を発見した。邪魔にならないように、そっと近づいて後ろに回り込む。
 七色のクレヨンを駆使して、あの美しい夕日を表現しようと努力していた。さっき見たただの丸い円は、赤だかオレンジだかわからない、なんとも不思議な色の円になっていた。
「うー。うまくいかないよ」
 勇輔に気づいた少女が、頬を膨らませながら彼を仰ぎ見た。
「早く完成させなきゃ。もう半分沈んじゃってる……」
「あせらなくても大丈夫だよ。ゆっくり塗ればいい」
 赤にオレンジに黄色。下の方には青や紫を使って塗る。
 辺りがだんだん暗くなるにつれて、彼女の夕日が完成していった。
「まだ見えるまだ見える。あー、もう微妙。見……えない。沈んだ」
 夕日が水平線の彼方に消えても、少女は無言で手を動かし続けていた。勇輔も無言で彼女の描く夕日を見つめた。
 勝手に点いた外灯の明かりがクレヨンの夕日を照らす。はみでたりなんだりと円の形は崩れてしまっているが、少女の目に映った夕日そのものが描かれていた。
 美術館で騒がれている赤色の石が、ふいに頭に浮かんだ。彼女の夕日と重なって見える。しかし、勇輔はすぐに首を振った。この子の絵の方がよほど価値がある。そう思ったのだ。
 あんな石と比べちゃ駄目だ。
「……できた」
 しばらくして、少女が静かに呟いた。
 白紙の部分や手がクレヨンで汚れてしまっていたが、彼女はとても満足そうな顔をしていた。
「帰ろうか。送ってくよ」
「うん」
 ゆっくりとスケッチブックを閉じた。小さな手が勇輔の大きな手を握り締める。
 車に向かって歩きながら、彼は思った。
 今度、家族で夕日を見に来よう。アリサに教えてあげたいことがある。




 
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