■とある一大事件の話V■




 即席包帯で応急手当てを施してから、サリタは頬を包むその手を握り締めた。
「そんなこと言ったって、ゼシル様は馬鹿なんですからっ」
 目に涙を溜めてきょとんとした顔を見つめながら、サリタなりの言葉を口にする。
「馬鹿なんですから、思うように行動すれば良いんです。戦いたければ、死なない程度に暴れれば良い。逃げたければ、地の果てまで逃げれば良い」
 握り締めた手を、少し俯いた自分の額に当てた。それは、忠誠を表す、精一杯の誓い。
「俺は、ゼシル様に足りないところを頑張って補いますから。ゼシル様の手に負えない力とは、俺が戦いますから。役不足だったら、頑張って鍛練積んで強くなりますから。国の人たちを守りたいと思うゼシル様のこと、頑張って守りますから」
 だから、無茶はしないで下さい。
 伏せた目を開くと、にやりと意地悪く微笑むゼシルが見えた。
「サリタ、の、くせに、生意気だ……」
「なっ、俺は結構本気で……っ」
 恥ずかしいのとか照れ臭いのとかいろいろ抑え込んで言ったセリフを生意気の一言で片付けられてしまった。酷過ぎますよと肩を落としたら、「嘘だよ。ありがとう、サリタ」軽く頭を撫でられた。
「そこ、まで言って、くれるなら、自分は、……やりたいように、やる」
 サリタの手を借りながら、ゆっくりとゼシルが体を起こす。脇腹の傷口に手を当てて、痛みに耐えて、唇を噛んで、立ち上がる。近くに落ちていた短剣と、会議室で拾った短剣を渡すと、彼女は安心したように頷いた。


「ゼシル様。やりたいように、とは」
 サリタの肩にもたれつつ牢を出て、傷口に響かない程度の早さで廊下に向かった。彼の問いには不敵な笑みを浮かべて、ぼそりと呟く。
「もちろん……奴をぶっ倒す」
 目指すは謁見の間。きっとミシェアはそこにいる。




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