■かくれんぼ■ 3 「298、299、300!」 秒単位で五分を数えていたスピリアは勢いよく体を起こし、早速部屋を飛び出した。日没までと時間を設定したものの、実際にはあと二時間ほどしかない。広い城内をくまなく探すのは不可能。ピンポイントで正解を当てなければならない。 「もー。何でゼシルちゃんはドレス嫌うかなあ」 走りながらそう呟いて、膝の辺りで揺れるプリーツスカートに目線を落とした。駆ける足の動きに合わせて広がる裾に、淡い黄のレースがあしらわれている。彼女のお気に入りの一つだった。レースもふんわりとした素材もスピリアの風貌に良く似合っている。だがまあ口を開いた途端に多少の違和感が生じるのは否めない。 角を曲がってすぐの階段を駆け下りた。まずは一階にある兵士詰所に向かうことにした。人も多いし、隠れられるスペースも結構あるはずだ。ゼシルと兵士たちは仲が良いから、いるか否か兵士たちに尋ねたところできっとはぐらかされるだろう。ここは何も言わずに潜り込むとしよう。 特に意味もなく石の壁に触れながら足早に廊下を歩いていく。床に敷き詰められた赤い絨毯は長い年月を経た結果のくすんだ、しかし威厳を感じさせる色合いになっているが、踏んだときの感触はずっとふかふかのままで変わらない。 "ずっと"というのはスピリアがこの城に来てからの時間だ。このふかふかを保つためにどんな細工をしているのだろうとたまに考える。年に一度の大掃除の際に、時間の流れをそのまま受け継がせた色の新しい絨毯を作っては敷き詰め直しているのか、もしくは思いもよらない方法で大クリーニングをしているのか。 後者だと良いなと思う。きっと清掃員たちにしか使えないすごい魔法を使って城内の床全てのクリーニングを一日二日でやってしまうのだ。側近であるスピリアはいつも大掃除の日には王やサリタと一緒に城外へ追い出されてしまうので本当のところはわからない。清掃員に尋ねれば早い話なのだろうが、「作り直している」と言われたら嫌だし、「魔法を使っている」と言われるなら聞く前に自分の目で見たいから、やっぱり想像するだけにしておく。 知識人たちが諸国の情報を各々持ち寄って談笑している広間を抜けて、短い渡り廊下を通って、やっと兵士詰所に着いた。何かあったらすぐに飛び出していけるよう、城の中央棟から少し離れたところに位置しているのだが、それにしてもゼシルの部屋から来るには少し遠い。広すぎる城は迷惑だ。吹き抜けは気持ちが良いし曲がり角が多いのは迷路みたいで楽しいけれど。 「やっほー」 ゼシルの部屋のものと比べると格段にしょぼい(この表現が一番しっくりくる)木製の戸を押した。武器を磨いたり会話をしたりしていた兵士たち六人ほどが、ほぼ同時に顔をこちらに向けほぼ同時に敬礼した。 「はっ、スピリア様! 何か御用でありますか!」 「えと、うん。そうなの」 かくれんぼについて何も言わずに潜り込む作戦だったが、いざ何か用かと言われて答える理由は考えてなかった。内心慌てながらも適当に作る。 「フィルちゃん、どこにいるか知らない? さっきから探してるんだけど」 「ふぃるちゃん……? あ、フォールフィル宮廷楽師殿でありますね」 兵士の一人がぽんと手を打つ。 「楽師殿なら先程、食堂の方へ向かわれるのを見たであります」 「食堂?」 「はっ、朝昼晩その他間食などの際に食事をとるあの部屋であります」説明されなくてもそれくらいわかる。 「そっか。ウィグナーちゃんに用事でもあるのかな。うん、後で行ってみるよ」 はっきり言ってフィルにもウィグナーにも会う理由はないのだが、怪しまれずに少しでも長く詰め所を捜索するため会話を続けた。 「フィルちゃん見つけるのって大変なんだよね。部屋に閉じ篭ってるかと思うと実は外出歩いていたりして」机の下確認。 「はっ、そうでありますか。私たちは城内巡回の時によくお会いするであります」カーテンの裏確認。 「お疲れ様ー。その時のフィルちゃん、絶対に何か呟いてるでしょ」棚の後ろ確認。 「はっ、ありがたきお言葉! 呟いて……そうでありますね、作曲活動中なのでありまし ょう」 山積みの鎧を大騒音と共に崩し、ゼシルがいないのを確認した。思い当たる隠れ場所を一通り見てからもう一度部屋の中を見回す。どうやらここにはいないようだ 。 さて次は。考えながら詰所を出るスピリアを、兵士の声――「スピリア様! 生き埋めっ、生き埋めであります! 非常に重いのであります!」――が追いかけた。 ……任務に犠牲は付き物だ。涙を呑んで無視することにした。 |