■かくれんぼ■




 中央棟に戻り、とりあえず食堂へと足が向く。ウィグナーはいつも通り無言で流すだろうが、フィルだったら話(ゼシルのファッションショー)を聞かせたらもしかしたら協力してくれるかもしれない。
 途中、窓から外を見て残り時間を確認した。最高でもあと三ヶ所を探すのが限界といったところか。食堂から離れた場所を探すとなると、走ったとしても一ヶ所二ヶ所で精一杯かもしれない。
 "春の属性"を持つスピリアは、複数人いる側近の中でも特別扱いされている。年齢的にも精神的にもほとんど間違いなく下っ端なはずなのに、いつもゼシルの近くにいることを許されているのは属性を持つおかげだ。スピリアとしては、城内で年の近い同性の者がゼシルしかいないし、遊んで一番楽しいのはゼシルだしという理由で何かと関わりたいだけなのだけれど。
 物心がついた頃にはもうこの城で働いていたから、学校で友達を作るとかそういうこととは縁がなかった。一人っ子だったから兄弟もいない。父親は優しくしてくれていたけれど、それでも仕事でいつも外にいたからあまり遊んでもらった記憶はない。母親は厳しい人でよく怒られた。覚えている中で彼女が唯一大喜びしてくれたのは、スピリアが城に"春"として選ばれたとの通知を受け取った時だった。
 別に気にはしていない。一人で遊ぶのも慣れていた。でもやはり寂しい気持ちはどこかにあった。
 だから嬉しかったのだ。ゼシルが遊んでくれたりサリタが声を掛けてくれたりフィルが微笑んでくれたりウィグナーが飴をくれたりすることが。たまに両親に会いたいと思うこともあるが、その時は誰かにその旨を言えば自由に帰れる。それ以上に今スピリアにとってこの城は第二の、いや見方によっては第一の我が家だった。
 そもそも"春の属性"とは何なのかよくわからない。城に来られたのは単なる運だと思っている。たしかに若葉色や桜色などの春っぽい淡い色が好きだがこれは単なる好みだし、春になった途端に元気になれるのも寒がりなせいだと思う。何を以って"春"と呼ばれているのか見当もつかない。
 そのうちゼシルとか大臣とかから聞けるだろうか。ならば今は知らなくても良いんだろ う。無駄にうじうじ考えたり悩んだりするのは疲れるだけだ。
「フィルちゃん! ウィグナーちゃん!」
 暗くなってしまった思考回路を切り替えながら食堂に駆け込んだ。カウンターのスツールに座ってコーヒーカップを傾けるフィルに勢い良く抱きつく。
「わっ、と。……どうかしましたか、スピリア」
 カップを危うく取り落としそうになりながらフィルがスピリアを引き剥がした。そして隣のスツールに据わるよう目で促してくるが、よくよく考えてみるとスピリアには考え事をしたり椅子に座ったりしてのんびりしている暇はないのだった。
 太陽が沈んでしまう。
「良いの、すぐ行くから」
「そうですか。それにしても何を慌てているのです」
 薄い眼鏡レンズの奥の黒い瞳が不思議そうな光を湛えてスピリアを見ていた。相変わらずマイペースに皿拭きを続けながら、ウィグナーも無言で耳を傾けているのがわかる。
 スピリアはとりあえずゼシルとかくれんぼをしていることやファッションショー(罰ゲーム)のことを話し、隠れ場所を知らないかどうか尋ねた。
 案の定、フィルが楽しそうに小さく笑った。
「それは面白いことをしていますね。ですが残念、私は王の姿は見ていません」
「うー、そっかぁ……」
「一緒に探してあげることもできますが、鬼は一人という基本ルールでしょう。勝手に変えてはいけません」
 コーヒーを飲みつつ和やかに諭すフィルの言葉を聞くのもそこそこに、短く礼を言ってスピリアは身を翻して走り出した。ヒントももらえず助っ人も得られず。やばい、勝利は絶望的だ。
 心の中で半泣きになりながら食堂の暖簾(ウィグナーの趣味だ)を抜けた。廊下を突っ 走ろうと方向転換して直感で三階に行こうと足を踏み出して、
「見たぞ」
 ウィグナーの呟きに耳が反応。すぐさま食堂の入り口から叫ぶ。
「どこでっ!」
「夕食の食材搬入してたら、屋上に上ってくゼ――」
「ありがと!」
 最後まで聞かずに全力疾走を開始する。なるほど、屋上か。ゼシルが安直に思いつきそうな場所だ。あそこで隠れるとしたら器具倉庫しかない。一番最初に行っていれば間 違いなく勝てたものをっ!
「私の馬鹿ーぁ!」
 珍しく自分自身に腹が立ち、階段を三段飛ばしで上りながら大きな独り言を放つ。巡回途中だったらしい兵士を二人驚かせてしまった。撥ねなかっただけ良しとしよう。

 


続き
戻る