■稽古■




 突っ込んだ勢いを前転で殺してすぐさま体を起こし走る。サリタは何かに気付いた顔をして、しかし特に動こうとはせず剣を中段に構えていた。迎え撃つつもりらしい。
(上等!)
 走りながら左手の短剣をベルトに差し、右手のは口にくわえた。
 サリタの目の前で横に跳ぶ。横薙ぎにされた剣が頬を掠める。木の幹を踏んでさらに上へ。自由になった両手で太い枝を掴んで逆上がりの要領で上に乗り、即座に飛び下りてサリタの背後を取った。
 かかった時間はたぶんコンマ数秒。さすがに少し息が切れた。
「へえ」
 癇に障る独り言を漏らしサリタが動く。振り返る彼の目がこちらの姿を捉えるより先に、ゼシルの短剣がその首筋を捉えていた。
「これでっ」
 終わりと叫んで短剣を右に引こうとしたその時、視界の端に異様なモノが入って注意がそれた。
 一瞬の隙を突いて長剣がゼシルを襲う。間一髪で第一撃、第二撃は避けられたが、第二撃から身を引いたところで軽い眩暈が生じ、第三撃をまともに喰らって背中から芝に倒れ込んだ。
「はい、おしまいです」
 ぐいと首を持ち上げるとサリタの剣の切っ先が喉元に突き付けられていた。悔し紛れに土を握り締め、放す。爪の間に入ってしまって気持ちが悪い。
 こちらは短く浅い呼吸を繰り返しているというのに、相手は全く静かなものだった。
「さっきの。意表を突くという点ではマルですが、持久力のないゼシル様が戦いの中盤で使うのはあまり賛成できませんね」
 体力なくなったせいで集中力まで途切れたでしょうとにやにやしながら頭を小突いてくる。口を開いて噛み付くそぶりを見せたら本気で驚いて手を引っ込めようとしたので、その腕を掴み体を起こすのに使わせてもらった。
「あのね、違うんだよ」
「何がです」
 小突かれながら不本意なことを言われた。疲れて集中力が切れたわけではない。しかめ面で反論した。
「負けたのは自分のせいじゃない」
「人のせいにするのは良くないですよ」
「や、だって変なのがいたんだよ。変なのが」
「……へんなの?」
「そう。思わずそっち見たら負けた」
 不思議そうに首を傾げるサリタに、あれと指差して教えてやった。こちらをお向きになってサリタ様きゃああ素敵っ! とまたも黄色い悲鳴を量産する使用人たち(仕事しろ)に紛れて、何か白い塊が佇んでいた。
 この灼熱地獄の中、白の長袖トレーナーと灰色のジーンズを着て、片手に白い何かを持ち、黒いサングラスが日の光を反射している。暑苦しいことこの上ない。それ以上に怪しい。
 そいつに気付いた使用人たちが、サリタに対するものとは別の種類の悲鳴を上げて逃げていった。そいつは彼女らが散る様子をぼやーっと目で追いかけた後、城や木の影のみを器用に踏んでゼシルたちに近づいてきた。
 その手に持っていたのはかき氷だった。若干溶けていてシロップのいちごと混ざり、半透明の赤を作っている。
「三時になったが」
 そいつが言った。



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