■見合い話V■


10


 ゼシルとクリルが応接間に二人きりになってから数時間が経過した。その間に、サリタはサリタでクリルの近衛をしているニスライトという男と仲良くなっていた。彼はなかなかの間抜け君で、毎日のようにクリルの玩具とか遣い走りとかに使用されているらしい。しかし近衛兵の中でも上位のを勤めているのは、やはりクリルが信頼を寄せているからだろうと言ってやったら、ああそうだと良いんだけどでもどうだろなあとぼやいた。
 さっきまでは機関銃のように話しまくっていたニスライトだが、今は座り込んで壁に背中を預け俯いたまま微動だにしない。聞いた所に拠ると昨日は夜遅くまで(というかむしろ今日早くまで)ずっとクリルの遊びに付き合っていたらしいから眠くなるのも無理はない。サリタは彼を起こさないように気をつけて静かに警備をしていた。外から聞こえる優しい雨音が耳に心地よく聞こえていた。
 少なくとも十六時過ぎくらいまではお見合い続くんだろうな結構暇だなと大きな欠伸を噛み殺した直後にゼシルがいきなり部屋から出てきてこの上なくびっくりした。いつだったか、完全武装の賊二十人に奇襲をかけられた時よりもびっくりした。別に油断していたわけではないのだが。
 ゼシルを見送ってからふと応接間の扉を見たらわずかに隙間が開いていた。閉めた方が良いだろうかどうしようかと数秒悩んで、やっぱり閉めようと扉に近付きノブに手を添えたその時。
 部屋の中に目がいった。ほんの少しの間だったのに、部屋の中のクリルと目が合った。青い瞳がぴたりと向けられている。
「……失礼しました」
 ぼそっと呟くようにして頭を下げてからドアを引こうとしたら、クリルはすっとこちらを指差した。そしてその人差し指をちょいちょいと曲げ伸ばしする。慌てて背後を見やるが相変わらずニスライトは夢の中だし廊下を歩む者はいないしで、招かれているのはどうやら自分以外の何者でもないようだった。一応確認の意を込めてクリルを見ると、やたら尊大な感じ(確かにクリルの方が立場は上なのだが)で頷く。何かしただろうかと少しびくつきながら中に入った。
「何ですか」
 ぱたんと扉を閉めて問うと、少年は暇そうにフォークを口の端に引っ掛けて「暇。お前話し相手」と単語で返された。
「やっぱさ、フリすんのも疲れんだよね。わかる? この気持ち」
 大きくのけ反ってふああと言いながら肩を回す。それからふと顔を向けて「お前いくつ?」聞かれた。
「二十ですけど」
 サバをよんでも仕方ないので素直に答えると、相手はへえとか何とか呟いておもむろにテーブルの下に手を突っ込んだ。
「なんだ、同い年かよ。二歳くらいは下だと思ったんだけどな。若作り、良いねえ」
 にやにやしながら引き抜かれた手には深緑色をしたガラス製の瓶が握られていた。
 何かが引っ掛かった。同い年、つまりはクリルも二十歳。いやいやまさかそんなことはないだろだって二十歳? これで? とか言ったら怒るだろうなまずいよなうんえーあー待て待てフリって何だ見た目相応の年齢だと言わんばかりに振る舞っていたということかわざとやってて疲れたとか言うなマセガキがじゃなくてクリル様。
 様々なことが頭の中で渦を巻き混乱しかけているサリタを横目に、クリルはガラスのコップ(ジュース用の底が平らな物だ)にその渋い紫色をなみなみ注いだ。ワイン、だ。それも特上の(ラベルに目をやったらかなりの年代物だとわかった)。
「お前も飲む?」
 さーっと一杯飲み干して二杯目を注ぐ。サリタは頭痛を覚えながらも首を横に振った。するとクリルはなんだとつまらなそうな顔になり、
「お前、本当に二十なわけ? ワインなんて酒のうちにゃ入らないだろうに」
「はあ……」
「俺なんか三歳から飲んでたぜこれ。そん時から酔わないもん、ジュース同然」
「……はあ?」
 つまりはクリルを酔わすためにはウォッカとかでないと駄目なのだろうか。フィル辺りを連れてきて飲酒大会でも開いたら面白そうだ(絶対自分からは言い出したくない)。
 クリルの国は鉱山の国。男も女も陽気で些細なことには全く拘らない、おおらかな人柄と気風を持つと聞いている。一日の疲れを癒すのは専ら酒場で仕事仲間や顔馴染みとやる晩酌だとも。その国の王が酒に強いのは考えてみれば当たり前なのかもしれなかった。
 しかし、だ。この風貌で(間違いなく十代前半だと断言できるくらいのお子ちゃまフェイスとは口が裂けても言えない)ワインをがばがば飲んでそれでいてけろりとしているのはある意味でなかなかに恐怖だ。サリタはそれ程酒に強い方ではないから、その飲みっぷりを見ているだけで胸焼けがしてきていた。 これは止めた方が良いのだろうか。見合いの席での飲酒はお控えくださいとか。自分の体調のためにも。



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