■見合い話V■ 9 応接間の窓から外を見ると、雨は昨日に比べればだいぶ小降りになっていた。夜通し降り続いていたから川とか池とか氾濫したかもしれない。 大丈夫かなと内心で首を傾げてから前に向き直った。 目の前に座る砂糖菓子のような少年が、ケーキやらクッキーやらをさっきからかなりのペースでぱかぱかと食べている。不意に顔を上げられて目が合った。にこりと満面の笑みを返され心持ち身を引いた。 年齢不詳で見合い相手に立候補した謎の男のクリルだ。見た目や仕草は間違いなく年下で、具体的には十三か十四くらいか。少なくとも見合いに出るような年には見えない。……政略結婚なら有り得る話なのだろうか。いや、そもそも彼自身がすでに王なのだから何のための政略結婚なんだじゃなくて彼が何かしらの策略を以てして見合いを受けたのかあーでも単なる興味とか遊び心と考えてもおかしくはないか……。 謎だ。 「ゼシルちゃんは甘いの好きー?」 頭半個分低い位置から上目遣いで聞かれて思わず頷いてから首を振った。 「好きだけどそこまで好きじゃない」 「そうなんだー? こんなにおいしいのに」 青い大きな目をさらに大きくして、しかしすぐに細め、周囲に花が舞い散るような微笑みを浮かべた。 一応ゼシルの前にもイチゴショートの皿はあるのだが、クリルの上品ではあるもののある意味で激しい食べっぷりに食欲が失せてしまい、端っこを少し削っただけに止どめて紅茶を啜っていた。たまに生クリームをフォークの先につけてちまちまと舐める。少し行儀が悪いかもしれない。まあ大臣はいないしクリルだけだし別に良いか、お子ちゃまになら見られても。 濃厚でいてくどさがないウィグナー手作りのショートケーキはクリルに大好評で、見た目にもこだわりを持って並べられていたチョコケーキやチーズケーキもすでに彼の胃袋の中だった。そんなに食べたら普通は太るだろうに。華奢なクリルにその影響が全く見られないのが非常に癪だ。 「ゼシルちゃんは何するのが好きー?」 「あー、トランプとか。他には……トランプ、とか」 「わー、手品とかできるの?」 「や、そんなんじゃなくて、普通にピラミッド作ったり」 両手の指先を合わせて山の形にした。クリルはレーズンの入った大きめサイズのクッキーをちまちま囓りながらふうんと言った。あまりよく分かっていない様子だ。 実演してみようか。そんなことを思いついてふと目線を上げた。 応接間の床は象牙色をした石のタイルが敷き詰められて、東西南北にそれぞれ意味のあるらしい鳥と竜と亀と虎が彫られている(詳しくは知らない)。その中の亀方向の壁に、光沢のある黒色の振り子時計が掛けてあった。 壁掛け式なのであまり大きくはないが存在感だけは大きいこれは、前王――つまりゼシルの父親から送られてきたものだった。王位を早々に譲ってからというもの、夫婦揃って気ままな他国巡りに出掛けていて、各地から土産と称した特産物を送ってくる。城に縛られて自由に旅も出来ない娘への愛情ですななんと素晴らしいと大臣らは事あるごとに涙ぐむが、十七歳にして自由に旅も出来ない状況になった原因は両親のあっけらかんとした性格のせいだし何よりも土産が着払いなのが腹立たしい。変なところでケチ臭い。 それでもまあ自由過ぎる両親を嫌いではないし城での暮らしに不満はない。何だかんだ言って一番自分のことを思ってくれているのは彼らだ。王位を譲ったのも自分を認めてくれた結果だと内心では嬉しかった(その他の理由がたとえ父の中で半数を占めていたとしても)。そして春夏秋冬を始めとして城の住人たちはみんな面白いくらい自分を振り回してくれる。他国を旅したいという気持ちがないこともないが、今の生活に飽きる予定は今のところないから。 時計の針は十五時三十二分を指していた。フィルから言われている今日のお見合いの終了時間は十七時だからまだ余裕があるか。 「ごめん、ちょっと部屋行ってトランプ持ってくるよ」 立ち上がりながらそう言うとクリルはきょとんとした表情で首を傾げてから頷いた。 「うん、行ってらっしゃい」 応接間を出ると廊下に控えていたサリタが凄まじい驚き方をしつつ(具体的には一度跳び上がった後に壁に頭を激突させてよろめいた挙句つんのめって転んだ)何とか平常心を取り戻してへらと笑った。 「ゼシル様、また何かしでかしましたか」 「失礼な。トランプ取りに部屋戻るだけだよ」 「はあ、そうですか」 彼はとりあえず適当に納得した顔をして道を開けた。 応接間から自室までは少し遠いけれど、まあ走る必要はないだろう。クリルにはお菓子の山がいる。十五分もあれば戻ってこられるから、大丈夫だ。たぶん。 |