■見合い話V■ 12 呼び掛けると彼女はゆっくりと顔を上げた。目と目が合う。ゼシルの口元がふと緩んだ。それから一気にワインを飲み干してだんとテーブルにコップを置き、「んふふ。クリルぅ、おかわりちょーだい」 危ない目付きでクリルに要求(頼みごとと称すには少しドスが利いていた)を突き付けた。クリルはクリルで変貌ぶりに驚いたのか無言でワインを注ぎ入れてやっている。 ……待て。 「クリル様、ゼシル様にお酒はお止め下さい」 勇気を出して言ったら途端にクリルの睨みが飛んできたが頑張って無視し、ゼシルの手からコップを取り上げようとする。へらへら笑う彼女はあまり強くコップを持っていなかったらしく、それはあっさりとサリタの手の中へ。拍子抜けと言ったらおかしいが、少し呆気にとられた。 「サリタも飲むぅ?」 「ぅわっ」 怪しげな笑顔を浮かべたままゼシルが首に腕を絡めてきて、サリタはぐっと強制的に頭を下げられた。目の前のゼシルが目を細くして笑っている。はっきり言って怖い。 「や、俺じゃなかった私はその任務中ですからっ」 「いやーもう固いこと言うなよサリタのくせにぃ」 きゃっはーと背中をばしばし叩かれてむせた。さらにワインの入ったコップ(使われずにひっくり返っていたものにクリルがワインを入れたらしい。こんの見た目ガキが)を突き付けられて言葉を失う。 くせにぃとか言われても困るのだ。酒に弱い自分が下手に飲んで潰れて、そこに変な輩が入り込んできたら只事では済まされない。ここは断固として拒否しなくては。 「無理です。まじ無理です。ゼシル様の命にも関わるんで無理過ぎるくらい無理です」 「もう、真面目なんだからサリタちゃんはぁ。あはは、わかったよぅ、自分が飲めば良いんでしょ代わりにぃ。んー」 「やっ、ちょ、そうじゃないですから。ゼシル様まだ未成年だからそうがぶがぶ飲んじゃいけません」 「ぷはー。えへへぇ、飲んじゃったもんねふふぅ」 「だーもう! クリル様っ、いい加減にして下さい」 「うわーん、お兄ちゃんがいじめるーぅ」 「いじ……っ」 「いけないんだーぁ。サリタいけないんだーぁ。あははっ、あー、なんか無駄に楽しいのはナゼ? ふひひ」 「ほらゼシル様壊れちゃったじゃないですかっ」 「うるせぇよサリタちゃん」 「そだそだー。黙れサリタちゃーん! あははっ」 二人から責められてかなりの打撃を受けたサリタは口を無意味に開閉してからがくりと肩を落とした。 あとはフィルを呼ぶしかないか……。 「どうしました?」 事態の収拾を計るためにとにかくフィルを呼ぼうと一歩踏み出したところで本人がドアのところにいるのが目に入った。すぐ後ろにニスライトが焦った様子で立っている。 気を利かせてニスライトがフィルを呼んできてくれたのか。グッジョブ! フィルはおやおやと言いながら酒場と化した室内に歩み入り、クリルの手からワインの瓶を取り上げた。 「おま――」 抗議の声を上げかけるクリルを尻目に、フィルは残っていた二分の一程のワインを一気飲みしてにこりと微笑んだ。あまりの飲みっぷりにクリルも二の句が告げないらしい。 「なかなか上等のワインですね。ご馳走様です。さて、お楽しみもなくなったところで時間がきましたので、本日のお見合いはお開きとさせて頂きましょう。クリル様、遠路はるばるご苦労様でした。結果は後日使者を遣わしますので」 完全に酔っ払ったゼシルの笑い声が次第に小さくなっていって、消えた時には静かな寝息を立てていた。 「クリル様、実年齢は二十ですってよ」 「んまぁ! 究極の若作りじゃない!」 「あのお顔でワインを何杯飲んでも酔わないそうよ。そのギャップがたまらないんでなくて?」 「ふふ、わかってるじゃないの。でもあれね、ゼシル様ったら酔い潰れて最後には寝ちゃったらしいじゃない」 「クリル様の印象、頭に残ったかしらね。後でお見合い相手について思い返した際に記憶が曖昧だというのは不利でしょう、クリル様にとっては」 「やっぱりここはリーク様なのかしら。張り倒したって聞いたけど、実は愛情表現だったりして」 「まだわからないわ。明日がまだあるもの。どんな方かしらね、ナフト様って」 「なんでも乗馬がお好きとか。晴れたら乗馬見合いなんでしょう? ゼシル様が馬に乗られているのってあまり見ないけれど大丈夫かしら」 「逆にナフト様がエスコートして下さるのよ。馬の乗り方を手取り足取り……」 「良いわね、それ。ああ、私はサリタ様にレクチャーして頂きたいわっ、手取り足取り! 馬でも剣でも!」 「『ここはこうするんだよ、子猫ちゃん……』だなんて、きゃあぁぁ! サリタ様、素敵過ぎっ」 「きゃあぁぁ、サリタ様ーっ!」 |