■見合い話W■


13


 梅雨の中休みという奴か。今日は朝から雲もなく良く晴れていて、比較的湿度も低い。まさに乗馬見合いには絶好の日和となった。 大臣らはこぞって上機嫌になり、日頃の行いが良いからですなさすが王様とか言う。しかし、言わせてもらえばこれは神だか何だかが主催した単なるいじめだ。馬も乗るのも嫌いではないが、そうでなくとも馬を暴走気味にばんばん走らせるのが好きなのに、見ず知らずの男と一緒にのんたら会話しながらの乗馬は断固拒否したいところだった。
 緩い風が心地よく髪を揺らす。濡れた緑が目に眩しい。そろそろ初夏だ。梅雨ももうすぐ明けるだろう。見合い最終日、とっとと終わらせて街にでも繰り出そうか。
 厩に行ったら馬を外に連れ出すサリタに会った。厩の担当者は他の馬の世話に忙しいらしく、奥の方から飼葉を床に敷くがさがさという乾いた音がひっきりなしに聞こえている。
「おはようございます、ゼシル様」
 柱に寄り掛かって作業を見ていたら気付いたサリタが顔を上げた。ブラシで撫でられていた白馬が止めるんじゃねえみたいな感じに鼻を鳴らす。
「何、自分の馬は白馬なわけ」
「向こうが黒で来るってフィルが言ってたから、こっちは白かなと思ったんですけど。あれ、不満ですか。良い奴ですよ、こいつ」
 ……単純。
「嫌じゃないけどさ、泥跳ねさせて毛並み汚したら可哀相じゃん。むしろ自分が気遣っちゃうじゃん。つまり白馬だと突っ走れないじゃん」
 近寄っていって馬の頬をぺちと軽く叩く。深い碧の目が挑戦的に見返してきた。あ、なんかこいつ好きかも。
「その点は問題ないですよ」わっしわっし、ブラシを動かしながらサリタは言う。
「こいつ――あ、リデニサっていうんですが、こいつ結構暴れ馬で、積極的に汚れに行くような性格してますから」
「見合いの場でそんなのに乗って良いと思う?」
 若干呆れて尋ねた。ゼシルの行動パターンを考えれば、ここはいくら蹴っ飛ばしてもマイペースに優雅な歩調を乱さないある意味で頑固者を勧めた方が見合いは円滑に進むのではないだろうか。自分で言うのも何だけど。
 手を休めるとリデニサが怒るのでサリタの手は止まらず、
「あはは、実は見た目と中身のギャップがお見合いに際してのゼシル様にそっくりだなと思ったのが決め手だったんですよー。それにゼシル様の手綱捌きならリデニサもちゃんと言うこと聞いてくれますよ」
 にこやかに微笑んでそう答えた。やっぱりこいつは頼りがいのある間抜けな獣だ。
 リデニサと目を合わせてにやりと笑った。ちょっと遊んでみようじゃないか。


 話通り、ナフトは黒い馬に乗ってきた。前の見合い相手二人に比べたらずっと質素な服装で、従える者の人数も少なかった。だからと言って貧しい国というわけではなく、紳士的な気品を持ちながらも親近感を覚えさせる変な奴だった。少なくともリークやクリルよりも第一印象は良い方だ。馬に乗るということで動きやすさ重視な今日の服も嬉しい。
「初めまして、ゼシル王」
「はいこんにちは」
 丁寧に頭を下げるナフトにこちらは適当に頷いて、いそいそとリデニサに乗った。彼女(リデニサは雌馬だ)は黒い雄馬と数秒見つめあった後でふいとそっぽを向いた。その様子を見てナフトは楽しそうに微笑んで、
「ウチのノスズロはお気に召されませんでしたかね、綺麗な白馬殿。昨晩四人掛かりで洗ったのですが効果なし。漂白剤を使おうかと思いましたがさすがにまずいと止められました。そんなこんなでいつまでも真っ黒なノスズロですが、乗り手共々今日一日よろしくお願いします」
「なかなか面白い物言いをするね」
 生まれつき黒い馬が洗われることで白くなったらすごいなあと内心でくすくす笑いながらリデニサを進ませた。ごゆっくりと背後でフィルたちが礼をした。
 広葉樹が茂る並木道を抜けて城の敷地内の湖をぐるりと回り、再び並木道を通って城に戻ってくるというのが今回の乗馬コース。少し離れた後方に馬に乗ったナフトの近衛とサリタと、そしてなぜかスピリアとウィグナーがついてきていた。スピリアは一人では馬を扱えないのでウィグナーと同じ馬に乗っている。たぶんあれだ。ナフト目当てで見学しようとしたけれど(リークの時にもやっていたらしい)馬だというからサリタに協力をあおいだものの、彼はいざという時身軽でないと困るからと言って拒否し、結果ウィグナーが駆り出されたのだろう。料理長なのに一人前に馬に乗れるのは彼が動物と相性が良いからだ。生まれて始めて馬に触ったとか言いながらその日のうちに障害物競走でサリタに勝てるくらいに上達したのには一同脱帽した。
 午後の少し強い日差しの中、リデニサとノスズロは蹄の音を地面に鈍く響かせてのんびりと歩む。話題は専らナフトが振ってきたが、リークほど強制的というか独裁的ではなかった。
「僕は五才くらいから馬に乗り始めたんですが、ゼシル王はいつから?」
「自分は……どうだろ。記憶ないけど、父様に乗せられて三歳くらいの頃あっちこっち走り回ってたって大臣たちから聞いたことがある」
「じゃあ僕よりも早くからってことですね。すごいなあ」
 感心の仕方も嫌味でない。サリタと似て単純明快な思考回路なのかと最初は思ったが、そうでもないらしい。同い年のくせにやたらと言動や振る舞いが大人びているのが少し癪に障るが、それは逆にゼシルが子供っぽすぎるからそう思えるだけだ。
 見合いをしていることなどすっかり忘れて、ゼシルはこいつと友達になったら何かと面白そうだとか何とか考えていた。リデニサが呆れたように鼻を鳴らした。
「ナフト――王、の国は農業だっけ?」
「呼び捨てで構いませんよ。はい、農業国です。貿易の面ではいつもお世話になってます」
「了解ぃ。それはどういたしまして。ナフトの国のはおいしいし新鮮だから結構売れ行き良いんだよね。逆にこっちの農作物が売れないとか困るんだけど」
「ああ、すいません。でも嬉しい悲鳴を気が済むまで上げさせといてください。実はお互い様なので」
「お互い様?」
「ゼシル王の国から輸入されるのって、季節に合った物が中心でしょう。風流だなんだって大人気なんですよ。食物だろうが装飾品だろうが」
「へえ」
「年齢も性別も問わず、しかも値段も幅広く取り扱ってくれるので本当に誰でも買えて大流行ですよ。しかも貿易開始以来ずーっとですから飽きれて物も言えません」
「あはは、それは悪かったね」
 木々が途切れて視界が開けた。湖の水面が久しぶりの太陽の光を眩しく反射させる。馬たちがさくと草を踏んだ。「ナフト」隣を歩む黒馬の騎手に声を掛ける。彼が振り向いたところで少し微笑んだ。 少し、休もうか。



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