■見合い話W■


14


「何よー。ゼシルちゃん結構楽しそうじゃない」
 ウィグナーの前に座っているスピリアが口を尖らせた。馬は揺れるし高いし疲れるし狭いし二度と乗るもんかとか何とかさっきまで散々愚痴を漏らしていたのはもう忘れたらしい。きぃぃと叫びながら馬の首筋をばんばん平手で叩くので、驚いて駆け出そうとする馬をウィグナーは何度も手綱を引いて宥めなければならなかった。
「昨日も一昨日も自分から話しかけたりなんかしなかったのにっ。ナフト様は好みなのかしら。ね、ウィグナーちゃん」
「俺に聞くな」
「じゃあサリタちゃんは?」 「確かに良い雰囲気だけど」前方の二人を見やって、しかし抜かりなく周囲に目を配りつつ、サリタは言葉を濁した。
「ゼシル様のことだから絶対何かあると思うんだよ。ゼシル様のことだから」
「何かって何だ?」
 ナフトの近衛が少し不安そうに尋ね、サリタは肩を竦めてみせて、
「そこまではわからない、けど、ゼシル様のことだから。まあ危険なことはないと思うから安心しなよ」
「そうか……」
 それでもまだ不安を隠し切れない近衛を見て、スピリアは小さく拳を振り上げた。突然のことにぱっとウィグナーが少しのけ反って拳骨を避けるが、若干顎を掠った。
「池に突き落とすくらいはするかもだわ。そしたら怖じ気づいてないで突っ込むのよ、だってあなた近衛でしょ」
「わ、私は泳げないのだっ」
「つべこべ言うな」がおうと吠えた。「突っ込むったら突っ込むの。いざとなったら私が直々に背中を押してさし上げますわ」
「嫌味だな」
「嫌味だ」
 サリタとウィグナーがほぼ同時に頷く。それに気付いていないのか無視したのか、スピリアはまたしても馬を殴って(今度はぐーだった)楽しそうに微笑んだ。
「水に落ちたナフト様と、犯人の癖に水際でおどおどするゼシルちゃん。そこに我を忘れて近衛が走り込み、思わずゼシルちゃんを突き落としちゃうの。悲鳴を上げて池に落ちたゼシルちゃん! でもナフト様が素敵に助けてくれるから大丈夫」
「私は悪役かっ」
「遊ばれてるな」
「間違いない」
 再び頷いた。近衛は一人あわあわし、スピリアは一人からからと笑っていた。
「見たいー、そんなゼシルちゃんたちを見たーい」
「スピリア」
 ウィグナーの静かな声が掛かる。仰ぎ見て何よぅと言う彼女に溜め息をついて、
「王があいつといるのが羨ましいのはわかるが、もう少し大人しくしとけ。馬が可哀相だ。とりあえず暴れるな殴るな」
「そんなんじゃないもーん」べと小さく舌を出して「暇なだけだもん。進展ないじゃない何あの二人」
 スピリアがずびしと前方を指差した。白黒の馬のたちが並木道を抜けていくところだった。



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