■見合い話X■


16


 重苦しい空気が会議室内を満たしていた。分厚い壁と扉のせいで外界の物音は一切聞こえない。普段は窓くらい開いているのだが、機密事項を話すからと少しも開けてくれなかった。いつも以上の湿気がじめじめと足下に停滞して暑苦しい。
「……で、王様」長机の上に伸び、ぐったりとだれていたら耐え兼ねたように大臣が顔を上げた。「んぁ」中途半端な声を返すと皆の視線が音を立てる勢いでこちらに向いた。 とりあえず体を起こして大臣と目を合わせる。彼は豊かな顎鬚を擦りながら(髭に反比例して髪は貧しい。生命の神秘だ)眉を寄せた。
「決めましたか」
 昨日のフィルと同じことを聞く。盛大に溜め息をついて、
「決めるも何も。自分は恋愛だの結婚だのする気ないよ。そもそもこの見合い自体やる気なかったんだから」
 決めていたとすればこのセリフくらいだ。肩をすくめ、会議参加者の呆れているのか驚いているのか計りかねる表情をぐるりと見回してからまた机に突っ伏した。
 大臣があからさまな落胆の色を示す。
「せっかくお見合いの席を設けたのですから、御世継ぎのことなど考えて頂いても……」
「世継ぎ?」
 はあぁ? と思いきりしかめ面をしてやった。齢十七にして世継ぎだなんだと騒がれたくない。
 国王の宿命か。だとしたら父親も同じような状態だったのだろうか。ふと思って複雑な気持ちになった。この年で騒がれるのは早々に座を譲った父親のせいだから思う存分張り倒してやりたいところだが、相手も同じことを経験していたとしたら一応同情しておくべきかとも思う。
 中途半端だ。嫌がらせの手紙くらいなら送っても許されるだろう。
「予想通り過ぎてなんとも面白いですね」
「何を……フォールフィル殿、王が決めて下さらないと他国に面目が立たないだろう」
 髭大臣の隣に座る、少し若めの大臣補佐(こっちの方がまだ髪がある)は腕を組んで眉間に皺を寄せた。それを見た周囲の者もひそひそと抑えた声で話を始める。
 そうだそうだ。見合いを開いたのだ。一人を決めるのは当然のこと。しかも開くと言い出したのはこちらではないか。
 言葉を聞くにつれてゼシルの不満度は着実に高まっていき、もう王にその気がないのならいっそ我々で決めてしまったらどうだとかいうとんでもない意見も飛び出したところでいよいよ我慢ができなくなった。だんと机を殴って立ち上がる。途端に静寂が戻った。
「黙って聞いてりゃ好き勝手にわあきゃあと。国外に逃げ出さずにちゃんと三日間見合いに出席しただけでも感謝してもらいたいくらいだっ……」
 じろりと半眼で人々の顔を見る。肩を竦める者、目を背ける者、様々だったが、四人だけは反応が違った。
 スピリア、サリタ、ウィグナー、そして首謀者のフィル。彼らだけはにやにやと笑っていた(サリタは俯いたまま体を震わせて、ウィグナーは外方を向いて無関心を装っていたが絶対内心で抱腹絶倒しているに違いない)。
「ゼシルちゃんは最初からやる気なかったんだもの。決めるも何もわかってることじゃない。頭悪いわねぇ大臣のくせにぃ」
 発言権がないにも関わらず(会議に出席している時点で謎だ)スピリアがふん反り返ってものを言う。大臣たちが一瞬苛立ちを見せたがすぐに収めた。フィルの微笑みが彼らを抑えている。どんな権力を持っているんだこの宮廷楽師は。
 半ば呆れながらもスピリアの言葉に頷いた。
「今回の見合い、誰とも成立しなかったということでおしまい。以上」
 椅子に座ることなくそのまま出口に向かって重い扉を多少苦労して開けて会議室を出た。サリタが静かに追いかけてくる気配に少し安心しつつ、自室へと足を進めた。



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