■見合い話U■




 朝からひどい雨が降っている。地面に叩き付けるような激しさで実に清々しい。風は大したことがないので嵐とまではいかないか。 初日の相手はその中を豪奢な馬車に乗ってがたごととやってきた。
「ご機嫌麗しゅう、ゼシル王」
 大袈裟に体を捻ってお辞儀をするそいつを最大出力の嫌悪感で出迎えたゼシルは、はあどうもと簡潔に挨拶しておいた。
 漁業の国の王、リーク。写真通りの性格らしい。こちらの心情には全く構わずひたすらゼシルを褒めちぎって話しまくって勝手に自己満足して対面の儀は終わった。
「それでは、あとは若いお二人でお話などなされては如何でしょう。我が城きっての季節の花園、南庭園にてお食事をご用意してごさいます。時間の許す限り、ごゆるりと」
 深々と礼をして、フィルが一足早く謁見室を出た。ゼシルは国王用の堂々とした椅子に座って早くも溜め息をついていた。熱いまなざしでリークが見つめてくる。うざったいなあもう……。
 朝飛び起きて雨の降りっぷりに感激してフィルに南庭園にゃ行けないなあとわくわくしながら言ったら、問題ありませんよご心配なくとか微笑まれた。この雨で庭園で食事とか有り得ないと思っていたのに何が心配ないだか。
 スピリアが選んだドレスも即刻脱ぎ捨てたい心境なのだがもちろんこの場で実行できるはずもなく(そこまでの度胸は持っていない)、すかすかと風の通る首元に手をやったり膝少し下丈のドレスの裾をさり気なく指で摘んだりしている。 落ち着かない。
「さあゼシル王、参りましょう」リークが跪いて手を差し出す。無視して勝手に立ち上がって出口に向かったらおやおやと呟かれた。周囲の兵たちがこぞって顔色を変えたが気にせず廊下に出た。フィルが笑いを必死で堪えながらゼシルたちを待っていた。
「あんまり変なことしないで下さい、王様。非常に辛いです」
「我慢しないで爆笑すれば良いよ。許してあげる」
「リーク様に悪いでしょうに」
 小声で話している隙にリークが追いついてゼシルの手を素早く取った。条件反射で振り払おうと力を込めた瞬間に視界に入ったサリタが首を傾げたのでやる気が失せた。
 ゼシルが素直になったとか何とか勘違いしたらしいリークは今まで以上に上機嫌になり、南庭園に向かう間中引っ切り無しにくっちゃべっていた。
「ゼシル様、ゼシル様は魚料理はお好きですか」
「は? ……あー」
「我が国は漁業が発展していましてね、まあゼシルさんならご存じだよね。僕の国と交易してるし」
「……はあ……」
「魚と言えば俺はやっぱタソリアだな。特にあの目! じっくり煮込むと極上のダシが取れるだけでなくそのものを食しても絶品だし栄養化も化け物級だ。……ははっ、ゼシルと一緒の食事に勝るものはないけどな」
「へぇ……」最後の台詞は雨音に呑まれて聞こえなかったことにした。
 さすが漁業の国の王。魚料理には詳しいのか。評価をコンマ一ほど高めてみた。ウィグナーが随分と前にそんな名前の目について言っていた気がする。タソリアの目、こいつの国から輸入していたのか。いや、というかタソリアって魚類だったんだ。知らなかった。
 一人で頷いていたらリークは笑って「まあ料理人の受け売りだが」と言った。……評価格下げ。
 年配の女使用人が差し出す傘の中に二人並んでいるため、この上なく歩きにくい。足を出す度に肩や手が触れて、少女漫画ならきゃっとか言って恥じらう所なのだろうがそういった思考回路を持ち合わせていないゼシルは眉間に皺を刻む一方だった。リークの口調もいつの間にやら馴々しくなっているし事あるごとに肩を抱こうとしてくるしで自然に振る舞い避けるのが大変だ。ちらと背後を見やると傘を持つ使用人は小動物を愛でるのと全く同じ目でこちらを見ていた。背筋が痒い。
 南庭園に入る白いアーチをくぐった所でゼシルははたと歩みを止めた。後続の使用人はやむを得ず止まり、行き過ぎて雨を被ったリークは慌てて一歩下がった(いい気味だ)。
 南庭園のほぼ中央に半透明の半球型の温室ができていた。そこそこに大きい。三ヵ所ほど透明なビニルになっていて窓のような役目を果たすらしい。いつの間に?
 フィルが実ににこやかな顔をして振り向いた。「雨でお二方が濡れては大変ですからね。急ピッチで作りました。如何です?」
「また無駄な事を無断で――」
「素晴らしい」
 ほうという感嘆の息すら聞こえてきそうな声でリークが言った。「俺たちのためにそこまでしてくれるとは。フォールフィルとかいったか、気に入ったよ」
「ありがとうございます」
 フィルはフィルでまた爆笑を堪えて(肩が震えてるよフィル)、温室の扉を開いた。覗くと、明るい室内に白い椅子が二つ置かれ、赤いチェックのテーブルクロスが敷かれた丸テーブルには様々な料理が所狭しと並べられていた。椅子とテーブルを囲むようにして華やかな草花が咲き乱れる。微かな甘い香りが鼻を掠めた。
 ゼシルとリークが入って座るとフィルは頭を下げて扉を閉めた。 恐怖の二人きりタイム、スタート……。



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