■見合い話U■ 7 サンドイッチの皿に三個ほどミニトマトが乗っていた。リークの話に適当な相槌を打ちながら目でこいつらと戦い続けて十分そこら。リークは一人でぺらぺらと良く喋る。 さっきから話しているのは「一本一本に意味をつけて君に百本の薔薇をあげるとしたらどんな意味をつけようか」という、凄まじく鳥肌の立つ聞くに耐えない内容だった。聞き流しているからまだ良いようなものの、真面目に聞いたら即張り倒していると思う。 一本目から始まって、今では五十五本に意味がつけられていた。 「五十六本目はね、君の美しさが永遠に枯れぬようにとの俺の祈りを表すんだ」 「はあ」 「五十七本目は……そうだな、君と俺との愛が太陽のように燃え続けること、だ」 「曇ったら終わるねやったあ」 「ははは、ゼシルは照れ屋さんだなあ。五十八本目の意味にちゃんとあるよ、いついつまでも二人の頭上には晴れの青空が広がるとね」 「ほーお」 今日のこの土砂降りの天気がいついつまでも二人の頭上に続きますようにと心から願った。 ミニトマトはもう食べないことにした。お見合いだし、ウィグナーもきっと許してくれる(と良いな)。皿を脇に避けて黙々とレモンティーを啜った。六十本目の薔薇について今まで以上に盛り上がるリークが不意にこちらの皿に目をやった。 「ゼシル、それ嫌いなのか」 不思議そうな口調で尋ねられ、無視するつもりだったのだが小さく頷いて見せた。すると彼はぱあぁっと表情を明るくして、 「そうかよし俺が代わりに食ってやろう」 言うが早いがミニトマトに手を伸ばす。これまた傍観するつもりだったのだが考えるより先に口が動いた。「待った」 「何?」 「いい。自分で食べるから」 「無理するな、嫌いなんだろう。全く国王の嫌いな物を平気で出すとは何様のつもりだコックは」 点数を稼ごうとしているのかそれとも本気で思っているのか。リークは腕組みをして眉間に皺を寄せ唸っていた。ゼシルからして見れば嫌いな物が料理に入るのは日常茶飯事だから大したことではないのに(さすがに見合いの席で出されるとは思わなかったが)。まあ、いつの間にか薔薇の話が失せたことは良いことだった。 自分で食べるとか言ったがそれはリークが調子乗っているのを見兼ねた行動であり勢いに任せた結果であったために、ミニトマトを本気で食べる予定は毛頭なかった。だが食べねばまたリークがうるさいし(現在も料理人たちに対する文句をぐだぐだ言っていて十分うるさい)、どうしようかと短時間で脳をフル回転させていたら目が回ってきた。考えるのをやめてしばらく放心していたらすぐに治ったので再び悩み始める。 ミニトマトと睨めっこしている視界に何か白い物が入った。不審に思ってそちらに目をやる。気付かないリークは話し続けていた。 「城の常任コックなら国王の嫌いな物くらい当然把握しているべきだろうに。俺の国なら絶対ないね。間違いなくない。そもそも城の常任コックの役割には城の者の体調を管理することもあるのだろう、嫌いな物を無理して食べて腹でも壊したらどう責任を取るんだ」 「まあ、栄養バランスを考えると嫌いな物と言えど食べてもらわないと困る場合もあるからな」 「まあ、それも一理ある。じゃあ問題はどちらを優先させるか、か」 「栄養が偏って国王が体調不良になったら、最悪の場合国の経営問題に発展する。そう考えるとやはり万遍なく食べるのを優先させるべきだろう」 「なるほど……。……ところで誰だ」 やっとこさリークが温室内にいる新顔を見やった。見られたウィグナーは頷きのような浅い礼をして、手にしていた皿を二人の間に置いた。 「国王の苦手をモノともしない料理長のウィングナー・ロマツォーク。こちら、食後のデザートになります」 料理人たちへの文句を聞いていたのか、さり気なく不機嫌さを醸し出しながら空の皿を集めて重ねて盆に乗せた。ウィグナーは苦笑いを浮かべるゼシルの耳元に「完食してからデザートだ」と囁いてから温室を出ていった。いじめだ……。 隠すわけにもいかないので、とにかく頑張って一個だけは三回噛んでレモンティーで飲み込んだ。だが残りの二個を食べる気にはどうしてもどうしてもならなかった。仕方がないからリークに与えたら(あげた、ではなく)嬉々として消化してくれた。多少の役には立った。 デザートの苺のタルトに手をつける。同じタイミングでリークも食べ始めていた。味が気に入ったらしく、満面の笑みを浮かべて実に幸せそうだ。このままこのタルトを山のように持たせてサヨナラを言えば素直に帰ってくれるだろうか。ゼシルが真面目に考え込んでしまうくらい幸せそうな表情だった。 「あぁ、本当にうまいなあこれ……」 計十五回目の「うまいなあこれ」を呟いた後、不意にリークがこちらの顔を覗き込んできた。タルトを食べようと開けた口を閉じるのも忘れて見返す。 |