■新作■




「また変なのなわけ?」
「またとは何だ、またとは。別にそういうことではない。でもその……これは人間用じゃないから」
「は?」
 辛うじて聞き取れた単語に思わず声を上げた。人間用じゃないってどういう意味だ。や、そのままの意味だろうがそうだとしてなぜそんなもの作ったんだ。
「……何用の料理?」
 心持ち身を引いた。ウィグナーは勝手口の方を一瞥してから、無言で答えることを拒否する。
 ……怪しい。
「気になる。いいじゃないか、誰にも言わないからさ。怪物の餌ってわけじゃないでしょ」
「怪物なんかではない。もっと良い奴らだ」
 ふうんと言いながらも結局それが何なのかがわからない。人間でないが良い奴ら。……やはりペットでもいるのか。
 にやにやしながら聞いてみる。からかい過ぎると自分が餓死する恐れがあるので気をつけつつ。
「外行っても良い?」
「いきなり何の話だ」
「その良い奴ら、外にいるんでしょ?」
「……いない」
「へぇ、いないんだ?」
「……たぶん今はいない。もう少ししたら戻ってく――来ない」
 ……面白い。動じないはずのウィグナーがわたわたしている(ように見える)のはとても面白い。
「何飼ってんの。犬? 猫? 実は牛?」
「…しつこいぞ、王」
 遂にウィグナーが半眼になってしまった。まずい、今日の夕食には間違いなく自分の嫌いな物が入る(例、トマト)。
 苦笑いを浮かべていい加減黙ると、ウィグナーは溜め息をついて「猫だ」と言った。言う気があるのかないのか微妙なくらいの小声で。
「猫飼ってんの?」
「……声が大きい」
 焦った様子で周囲に視線を向ける。食堂には彼とゼシルしかおらず、依然として穏やかな冬の日差しが降り注いでいた。
「え、別に隠すようなことじゃないでしょ」
 見たいなーとわくわくしながら言うと、肩をすくめた。本人としては良くないらしい。
「彼らに食事を横流ししていることが他の料理人達にバレると立場がない」……なるほど。
 夜ににゃんにゃかにゃんにゃか猫の鳴き声がするなと思い続けて早数年。聞けば、ウィグナーがこの城に来てからずっと餌(彼曰く食事)を与えていると言う。なかなか長い付き合いになるのだそうだ。
 それだけ飼っていればいくら隠そうとも他の料理人達だって馬鹿ではないのだから(中には正真正銘の馬鹿もいるのかもしれないが)勘付いていると思う。ウィグナーがそれに気付かずにいて、料理人達が黙認しているのならまあいいか。微笑ましいなあ猫と戯れる料理長とか思っているのかもしれない、むしろ。
「王、誰にも言うなよ。下手に知られてあいつらが追い出されるのは辛い」
「はいはい。あ、それなら自分が許可出したって会議で言っとこうか? その方が安心できる?」
 ゼシルの提案に瞬きを繰り返してしばし宙を見つめた後、ゆっくりと首を振った。
「いや、いい。心遣いは嬉しいが、やはり無駄にあいつらの存在が広まって若い使用人とかの玩具にされるとなお困る」
「あー、そうかもね」
 以前サリタと稽古していた時に黄色い悲鳴を上げていた使用人達が頭に浮かんだ。彼女らならやり兼ねない。
「食事を与えているとは言ってもあいつらは飽くまで野良だからな。束縛するのは駄目だ。好きな時に食べに来て好きな時に好きな場所へ行くのが良い」
 淡々と言葉を綴るウィグナーの表情を見上げて内心で微笑んだ。これなら料理人達も許すだろう。先程の自分の予想(猫と戯れる料理長云々)はあながち間違ってはいないはずだ。
「わかった。じゃあ誰にも言わないでおく」
「ありがたい」軽く頭を下げられた。
「その代わりに今度会わせて」
「……交換条件ときたか」
 渋面が広がる。対してこちらは楽しさ百倍な笑顔で返事を待った。ウィグナーは斜め上方を見たり下を向いたり頭を傾げたり歩いたりしてたっぷり三分くらい悩んでから、「わかった」と了承した。



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