■新作■ 5 じわりじわりと足下から冷気が漂ってくる。窓の外の日はいつしか弱まって、暖炉の炎が恋しくなる。 すっかり冷めてしまったお茶を手元に引き寄せて口をつけた。微かに顔をしかめてポットから継ぎ足す。視界の端っこに深緑のカップが差し出されてふとそちらを見たらさり気なくウィグナーがお茶を要求していた。 「……料理長、普通は逆じゃない?」 「ついでだ」 よろしくと呟いてウィグナー本人はいそいそと厨房の奥に行ってしまった。塩海塩塊を元あった場所にしまい、積み上げられっ放し(と思われる)皿の山に手を伸ばした。すでに乾いているようで、慣れた手つきで巨大な食器棚の中に収めていく。 かちゃりというガラス同士がぶつかりあう音が静かな食堂に響き、さらに静寂が強調される。残り少ない枯れ葉を枝にしがみつかせて独り北風に耐える木々の声が聞けそうだった。痛いと言うのか苦しいと言うのか。逆に葉が落ちて清々しいと言うのかもしれない。 幸い、ポットの中のお茶はそれ程冷めてはおらず、それを足したことでカップのはすっかり冷めた状態から少し温い状態に回復した。残りのお茶をウィグナーのカップに全て注いでやったら、カップの四分目くらいまでしかいかなかった。さすがに少ないかと思ったがまあ足りない分は自分でいれれば良いわけだから、放置。 「そういえば、他の料理人さんは今どこに?」 のほんとした気分でお茶を飲み、食堂に来てから気になっていたことを言葉にした。そもそも料理長自らが皿の片付けだなんておかしいのではないか。下の者に雑用ばかりさせる上下関係は気に食わないが、それにしたって普通に考えたら変だろう。 ウィグナーの料理の腕は城内一だ。城に来るまではずっと城下町のとある料理店(常に長蛇の列ができる程の盛況ぶりらしい)で修行をしていた。本人曰く、単に食い扶持を稼ぐための手段として始めたバイトが知らぬ間に修行とかいう大きなものになったようだが、そんなに人気のある店なら雇われる者にもある程度の素質や腕が求められるわけで、採用された時点で彼は修行者扱いだったのだろうと思う。例の如く彼自身は全く気付かなかったのだ、たぶん。逆に言えば、雇用人はウィグナーの中に料理人としての原石を見出だしていた。そのおかげで現在ウィグナーの最高の料理を毎日食べられるのだからゼシルとしてはその雇用人つまり店長に抱き付いて感謝しまくりたいと常々思っている(実行する予定は未来永劫ないが)。 冬の属性を持つ者として城に来て、腕を買われて食堂に入った。そこで行われた歓迎会もとい新人実力試し料理大会で当時の料理長を筆頭に熟練者から何から全員を伸してしまい、その日のうちに新たなる料理長に就任してしまったという偉業を成し遂げている。それからもあんな若輩者の指示なんて聞けないぜみたいな血気盛んな年配者や若い料理人が果敢に勝負を挑むも全員見事に打ち負かされていると聞いた。ウィグナーは別に料理長という地位にこだわりはないのだが(見ればわかる)、でも創作料理を自由にできるのはおいしいなとか思っているに違いない。そして会計係が泣くのだ。かわいそうに。 ゼシルの問いにウィグナーは作業の手を休めず答えた。 「若いのは年越しに向けていろいろ料理を研究するとか言って図書室に籠っているらしい。年寄りたちは年寄りたちで、体が暖まる料理を開発すると同じく図書室へ」 「へえ……みんな熱心だね」 「そんなこともない」あっさり否定された。 「あれは表向きの理由だからな、本当は恋人と年末年始の予定を立てたり孫と電話したり友達と遊んだり親の顔を見に行ったりしているのだろう。今日は午後にしては珍しく人が少ない。……まあ、夕食の準備を始める頃には戻って来るだろう」 皿が音を立てる。彼の洞察力と要はサボりと知っているくせに容認する考えに感心した。 良い料理長だ。良い上司だ。こんなのが大臣にいたらさぞかしゼシルも楽だろうと思う。……いや、駄目か。料理人たちはやる時とやらない時のけじめがきちんとしているからウィグナーの無言の許可が降りるのだ。ゼシルの場合、サボり過ぎて無言の説教が続くのだろう。前言撤回。 無言の説教とか受けるくらいならまだフィルの悪戯のような罰のような仕打ちを甘んじて受けた方がマシ……かどうか微妙なところだ。悩む。 |