■食堂にて■ 2 「でね、随分経ってからそのお店に行ってみたんだけど、その子も猫も見つからなかったの。でも探す術もなかったからそのままになっちゃって、私はお城に来ることになって、結局会わず終いなの」 「……そうか」 霧雨が降っていた。木々の葉に溜まった水滴がぱたぱたと地面に落ちる音が静かに聞こえる。時折カエルたちの寝ぼけた鳴き声もする。雨が降り込まない程度に開けられた窓の隙間から、優しい夜風がやんわりと入ってきてカーテンを軽やかに揺らす。 スピリアは寝間着姿で食堂のカウンター席に座っていた。もうすぐ日付が変わる時間なのだが、昼間ぐうたらしていたせいか寝付きが悪くて仕方がない。何か飲もうかと食堂に行ったら、翌朝の仕込みをしているウィグナーがいた。 「ちょっと騙された気分よ。来れば会えるって言ってたのに、あの子。……名前くらい聞いとけば良かったな。思い付きもしなかった」 カウンターに頬をつけて、冷たいレモネードの入ったガラスのコップを引き寄せた。ストローをいじると目の前でくるくる氷が回る。厨房の電気しかついてなかったが、その薄暗さが心地良かった。少し瞼が重い。 「知りたいか」 ふと呟いたウィグナーの声に顔を上げた。目を擦りながら首を傾げる。 「何を?」 「その猫が今どこにいるのか。……猫好き同盟なら知っているだろう」 思案顔でこちらを見ているウィグナーにきょとんとしてしまってしばらく固まっていた。 「ウィグナーちゃん、猫好き同盟のこと知ってるの?」 「知ってるも何も、俺はそれの会員だ」 「……ふうん」ありえない話ではないなあと思った。彼が厨房の裏で猫たちを養っているのは知っている。同盟内でいろいろ面倒を見てやっているのかもしれない。 「じゃあ……うん、お願いできるなら聞いてみて。別に会えなくても良いの。さすがにもう覚えてないだろうし、どこかで生きてるのがわかれば良いから」 「わかった」 一つ頷いてからまた奥に引っ込んでしまった。何かを刻む音が規則正しく聞こえてくる。レモネードの最後の一口を飲み干してから腕を枕に頭を下げた。一度目を閉じたらもう開けることはできなくて、ウィグナーの立てる音を子守歌に、そのままスピリアは眠りに落ちていった。 |