■とある一大事件の話T■ 2 だだっ広い会議室の一番奥の長机の上に、羊皮紙やら書籍やらが、時に山を作りながらどばあと撒き散らされ、それらに埋もれる形でゼシルは座っていた。理解不能なフィルの話を片っ端から書き連ねていく。もちろん内容を飲み込めているわけがない。 「――というようにして、我が国の財政は成り立って……」 途中から飽きてしまい、笑顔で叱られるのを覚悟の上で机に突っ伏していたゼシルだが、地獄の財政講座が途切れたのに気付いて顔を上げた。フィルが少し深刻そうな顔で耳を澄ましていた。 「どした?」 問うと、静かにするようジェスチャーで示された。眉を顰める。 「今、」 言いかけたフィルの言葉は扉の外の怒号と爆音に遮られた。 何事かと立ち上がる。ほぼ同時に扉が激しい音を立てて開いた。 黒い布を二の腕や頭に巻いた三人の男が飛び込んでくる。フィルがゼシルを庇うようにして前に立ち、その背後でゼシルは腰の短剣に手を伸ばす。 「どち――」 丁寧な、しかし警戒と威嚇の籠った声で相手に尋ねかけたフィルが、次の瞬間膝をついて倒れた。 「は」 信じられずに呆然と彼を見る。腹部を押さえて苦しそうに呻くその傍らに男がいた。フィルを跨ぎ、ゼシルの目の前に立ちはだかる。 入口から会議室の一番奥まで一気に走って、フィルに一撃を食らわせたのか。今の数秒間で。 嫌な汗が背筋を伝う。 何なんだこいつら。 「ゼシル王」 目の前の奴に名を呼ばれて、弾かれたように顔を見上げた。サングラスの向こうから冷え切った目が見下ろしてくる。 「来てもらおう。大人しくしていれば我々は危害は加えない」 「誰が――」 「ゼシル様っ!」 聞き覚えのある声が部屋の外から聞こえた。体を若干朱に染めたサリタが駆け込んでくる。入口付近にいた二人を剣の柄で殴って昏倒させ、さらにこちらへ走ろうとして「動くな」 ぐいと男に腕で首を絞められ息が詰まった。喉元に大型のナイフが突き付けられる。 「王の命は我々の手中だ。下手な真似すると」「お前がこうだっ」 相手のセリフに合わせて腰の後ろに添えていた右手を横に引いて短剣を抜き、次いで肘鉄の要領で男の腹部にそれを突き立てた。横っ腹を掠めた程度で大したダメージは与えられなかっただろうが、腕の力が緩んだところで乱暴に振り払い、背後に回ってサリタの方へ思い切り男を蹴り飛ばす。 「遅い馬鹿。フィルがやられた。そいつ瞬殺しろ」 サリタに短く叫んでから、しゃがんでフィルの容体を確認する。意識はあるようだが、肋骨でも折れているのか動くことはできなさそうだった。小さく舌打ちをする。 守れなかった。 「ゼシルっ!」 思ったより強かった男の刃を受けながら、サリタが悲鳴のような声を上げた。 背中から窓ガラスの割れる音が派手に響いた。脊髄反射で頭を腕で庇う。何ヶ所か浅い裂傷が刻まれるのを感じながら(鋭い痛みが一瞬走っただけで後はだいたい無視できた)、立ち上がって窓の方を向こうとしたその時、 「ぐ――」窓から侵入した何者かが、背後から布のようなものでゼシルの口を塞いだ。 この野郎不意打ちなんて卑怯だとか言う間もなく急速に意識が遠のき、自分の頭が床にごつと当たる音を最後に世界が途切れた。 変な夢を見た。 城の者が皆血だらけになって、至る所に倒れていた。生きているのか死んでいるのか。ふわふわとした足取りでゼシルはその間を歩いて行く。 向こうの方にいつもの四人の姿があった。フィルは血塗れのカペラと妻を抱き締めたまま動かない。ウィグナーは倒れたままの料理人たちを前に呆然と立ち尽くす。スピリアは蜂蜜色の髪を血色に染めて泣いている。その足元に、長剣を投げ出して座り込むサリタがいた。 誰かを強く掻き抱いている。依然として不安定な足取りで彼の前に回り込む。 赤い髪が見えた。脇腹に刺さった大型ナイフがぬらぬらと血に光る。あれは、 |