■とある一大事件の話U■




「ゼシル国王!」「王様ぁ」「おい、王さんよぉっ」
 三人から捲し立てるように呼び起こされて「んあ?」我ながら間抜けな返事をしつつ目を開いた。
 痛む頭を軽く振って朦朧とする意識を覚醒させる。改めて周囲を見渡してみると、冷たい石で作られた牢の中だった。城の地下に設けられた、罪人を繋ぎ止めておくための部屋。二つあるうち片方は使用中(昔々に人を殺しかけたとかで服役していた男がそのまま居着いている)なので、ゼシルが入れられたのはもう一方なのだろう。
「大丈夫ですか? あの者たち、ひどく乱雑にゼシル国王をここに運び込んで来たのですよ」
 同じ牢には心配そうな顔でこちらを覗き込むミシェアがいた。彼女もまたあの妙な奴らに囚われたということか。
「ごめん、ミシェア王」敬語を窘める大臣もフィルもいないからラフな口調で謝罪した。そういえばフィルやサリタはどうなったんだろう。
「まさかあなたが訪問中に賊が襲来するとは。普段以上に警戒はしていたはずなんだけど、どこか手薄になっていたのかもしれない。巻き込んでしまって申し訳ない」
「良いのですよ、ゼシル国王」結構本気で頭を下げたゼシルをミシェアは簡単に許す。「仕方ないことです」
 俯いた目の前にミシェアの小麦色の手が伸ばされた。握手? 目線を上げるとにっこりと笑顔で首を縦に振られた。つられてこちらも笑みが浮かび、その手を握ろうとしたところで隣の牢から声が飛んできた。
「騙されなさんな、王さんよぅ」
「その人もグルでありますっ」
「囚じい? それに……看守のおじさんもそっちに?」
 スピリアやフィルや大臣から逃げてトランプピラミッドを作るため、静かで人も来ない牢によく逃げ込んでいた。何だかんだで看守とも囚人の老人とも仲良くなって、今では捜索隊が来てもしらばっくれてくれる仲になっている。その仲の二人が懸命に自分を止めようとしている。
「囚じぃは元々だから良いけど、看守のおじさんも入れられちゃってたんだね。ごめん、早々にどうにかするから」
「その女も賊なんだよぉっ」
「は?」
 囚じぃが精一杯の濁声を張り上げた。すぐには意味を理解できず呑み込むのに数秒を要した。
 何だって?
「聞いたのであります、その人が王様を牢に閉じ込めた男たちと話しているのを聞いたのでありますっ」
「案外手際良く進むもの――」
 少女の啜り泣く声に囚じぃがぎくりとしたように口を閉ざした。ミシェアが顔を手で覆って肩を震わせていた。
「ひどい。私が何をしたと言うのですか。なんてひどい……」
「ミシェア……」ゼシルにはどちらを信じれば良いのか分からない。こんな少女が賊とグル? 仮にも国王なんだろう? 何かの間違いではないのか?
 看守と囚じぃの話を疑いつつ、それでもミシェアに対して何らかの違和感は感じた。具体的にはうまく考えられない、直感的な疑いの念。頭の中がぐちゃぐちゃする。どうすれば良いのだ。
「ゼシル国王っ」
「わ」
 泣いているのを放ったらかして逡巡していたらいきなりミシェアに抱き付かれた。戸惑いながらも何とか慰めようと頭を撫でてやると、涙を溜めた黒い瞳でじっと見つめてきた。
「私、あなたのような国王様にずっと憧れてましたの。強くて優しくて、城の者だけでなく国の皆からも慕われる素敵な国王様」
 小刻みに揺れる儚い少女の言葉に、しかしゼシルは何も応えられない。ああとミシェアが溜め息を吐いて再びゼシルにしがみついても、今度は頭を撫でてはやれなかった。
 こいつは嘘をついている。
「何なんだ、あんた」
 ミシェアの肩を強く押して引き剥がし、一定の距離をおいた。きょとんとした表情で見返してくる少女を睨む。こちらの雰囲気に気圧されたのか、隣の牢からは息を潜めて様子を窺っている気配がした。




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