■とある一大事件の話V■




 会議室の窓を叩き割って侵入した賊は、ゼシルの口に布のようなものを押し当てて彼女が昏倒したところを担ぎ上げ、入ってきた窓から外に飛び出した。
「うああぁぁっ」
 構えも何もあったものではない切り付け方で目の前の賊をぶった斬り(死んだかもしれないがそれどころではない)、全速力で窓際に駆け寄った。勢い余って上半身が枠から落ちかけた。
「ゼシル様っ!」
 すでにゼシルや賊の姿はない。昼時ののんびりとした風景が広がっているだけ。
「嘘だろ」
 忙しなく眼下の中庭を見渡しながら、無意識に呟いてしまう。だってここは、
「……四階なのに」梯子もなく、足を掛けられる木もなく、あいつらはどうやって上ってきてどうやって下りたというのだ。
 兵長との話の後、すぐにゼシルとフィルを追って、彼女らが入った部屋の前で警戒していたのだが、まさかすでに爆薬を仕掛けられているとは思わなかったのだ。爆煙に紛れて襲いかかって来た男三人を倒すのに5秒。その隙に別の三人が部屋に入ったのだろう。せめて3秒で仕留めていたらこんなことには……。
 床の方から呻き声が聞こえた。賊が復活したかと身構えたが、すぐに馴染みのある背中が椅子の間に突っ伏しているのが見えて、慌てて側に走った。「フィル!」近くにゼシルの短剣が落ちているのに気付いて、とりあえず拾っておいた。
 抱き起こそうと手を伸ばした瞬間に動かさない方が良いと直感が告げる。
「さ、り……」
「フィル、しっかり」
 医師を――しかしゼシルも追わねば。城内の他の場所も気になる。優先順位は、
「っ、どうすればっ」
「サリ、タ」
 喘ぎながらもフィルがいつもの笑みを浮かべて囁くようにして言う。
「あなた、王様、の、近衛でしょう」迷う理由がどこにあるんですか。
「でも!」
 状況に対応できるだけの情報処理能力がなくてパニックになりかけるサリタに、フィルは僅かに眉を顰めた。
「行き、なさい。こんなこ、ことで、死には、しませんよ。城下町へ、買い物、行く、と、カペラと約束……したの、ですから」
 自分の無力さが腹立たしい。白くなる程に拳を握り、下唇を噛み締めてどうにか平静を保つ。
 何も言わずにがばりと頭を一つ下げて、王の近衛は会議室を飛び出した。

 俺は、俺にできることを。




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